この気持ちが独占欲だというのなら、俺はそれを絶対に口にするわけにはいかない。 固く口をつぐんで、ただあいつを引き留めるだけだ。 玄関のドアが開く音がしたので、半分だけまどろんでいた俺は少し体をずらしてベッドにスペースを作った。 この部屋の家主がこの状態を見たら、人のベッドなんだからもっと遠慮しろと怒られる気がする。 あまり端だと癪なので、中心から少し右くらいに位置どり、横向きになって気持ちスペースを開けてやったことにした。 横向きに枕に顔を埋めると、ふわりとトリの匂いがした。 (使うなって言ったのに) 一応文句をつぶやいてみるが、本当は全然イヤじゃない。 トリが俺専用の枕をどこぞに放り投げずに、きちんと枕元に置いておいてくれているのだと思うと、胸がぎゅっと熱くなるような感じがした。 (ま、枕一つで俺は何をときめいてるんだか……!) 急に気恥ずかしくなってうつ伏せになると、より深くトリの匂いに包まれた気がして、呆れるくらい甘い吐息がこぼれてしまう。 掛け布団を頭までかぶると、ぞくぞくと腰のあたりに疼きが走るようだ。 突然敏感になった五感におののいていると、足音がこの寝室へ近づいてくるのが察知できた。 その頃には完全に目が覚めきっていた。 (誘ってるのか、って言われたらどうしよう) 散々トリに鈍いと言われ続けてきた俺だけど、さすがに最近はそこまで考えるようになった。 ただし気付くのは泥縄状態になってから、だ。 そっと自分が今着ているパジャマの裾を握り締める。 (トリのパジャマ着てること気付かれたら、絶対何か言われる……!) 風呂上がりに軽い気持ちで拝借したパジャマだったけれど、今この状況を冷静に分析すると、とてもまずいのではないだろうか。 ほんの数十分前までは単に眠いからトリのベッドを借りよう、程度のことしか考えてなかったのに。 本当に天に誓って誘ってるとかそんなつもりはなかったし、そもそも自分にそんな器用な真似ができるとも思わないけど、トリが盛りそうな状況証拠がそろい過ぎていることはわかる。 何よりまずいのは、俺のこの心臓のドキドキだ。 何を意識しているんだ、俺は!!
ゴロゴロと煩悶を続けていると、ギシ、とベッドの反対側が沈む音がした。 ガバっと掛け布団が剥がれて隣にトリが潜り込んでくる。 硬質なあの声が降ってくるのを予想して思わず目を瞑ったけれど、トリは一言も発しなかった。 「……おかえり……?」 とりあえずそう声をかけるものの返事はなく、かわりにのしかかるように抱き締められた。 「……ッ!」 身をすくめて構えたけれど、いつもはためらいなく這い回る指が、俺を逃がすまいとするようにただ俺の腕をつかんでいるだけだった。 そのまま指は動かず、俺の背中あたりに顔を擦り寄せてきた。 硬めのトリの髪がうなじを撫でるのがくすぐったい。 なんとなく俺も動けず、けっこう心地よかったので、しばらくこのままでいた。
(もしかして、甘えてる?) 背中から伝わってくる体温に、ふとそんなことを考える。 昔近所にやたら人懐っこい大型犬がいて飛び掛かられたことがあるけど、気分としてはそんな感じだ。 大型犬の場合はビビるだけだったけど、今はじんわりと嬉しいような感じがする。 (トリが甘えるところなんて想像できなかったもんな) トリは優しくて気が利く男だけど、甘えることは下手なんじゃないかと思う。 昔に付き合っていた彼女たちにだって、こんな風に甘えることがあったんだろうか? ただ俺が想像できないだけかもしれないけど、トリが女の子たちにベタベタ甘える姿は頭をひねっても思い浮かばなかった。 そう思うと一気に愛しさみたいな気持ちがこみ上げてきて、俺の体温は沸騰寸前になる。 「あのさ、重いんだけど」 少しずつ熱を逃がすように声をかける。 でもトリの返事はやっぱりなくて、指に込められた力が増すだけだった。 「……しないのかよ?」 いい加減俺の方も辛抱できなくなって、ちょっと大胆だったかもしれないけどトリを問い詰める。 今こいつが何を考えているか察してやれない自分にも少しイライラしていた。 「す、するならするでさっさと……」 トリはおもむろにかぶさっていた上体を起こし、くるりと俺の体を仰向けに向かせた。 そして、これが返事だとばかりにきついキスを仕掛けてくる。 「ぅ……ん……」 差し込まれた舌を逃がしたくなくて、俺はトリの頭に腕を回して自分からキスを深くした。 いつもはアホみたいに焦らしてくるくせに、今日は戸惑う暇もなく気付いたら体が繋がっていた。 一息に腰を進められた衝撃で涙目になってしまったけど、もうそれくらいでは俺が嫌がっているとは判断しないらしい。 良くも悪くも遠慮がなくなっている。 じっとこちらを見つめてくる視線は、『動いてもいい?』の問い掛けだ。 余裕のない時ならガクガクうなずいて先を促すはめになるけれど、なんとなく今日は事を進めてしまうのが勿体ないような気分になった。 目が合わないように視線を伏せて、静かにトリの腰へ脚を絡める。 首元にトリの手があるのがわかったので、指先をつまむようにして軽く引き寄せた。 「千秋?」 「……もうちょっと、このままでいい……?」 動くためとはいえ、わずかでもトリが俺の体から出ていくのが惜しい。 さすがにそんなことを伝えられるはずもなく、絡めた手と脚で拘束の真似事をするのが精一杯だった。 トリはそんな俺の心中を知ってか知らずか、困ったように笑うとゆるく揺さぶってきた。 「……千秋……ッ」 「あ……ぁ……」 俺の名前を呼ぶ切羽詰まったような声に少し良心の呵責を感じながら、トリの体を捕らえている満足感に喘いだ。 トリと体を繋げるのは好きだ。 この瞬間だけは掛け値なしにトリは俺のものだと感じられるから。 俺はあいつのものだとか、あいつは俺のものだとか、そんなの馬鹿馬鹿しいと長い間ずっと思っていた。 人はものじゃないし、所有権を主張することなんかできやしないだろうに。 だけど、トリの腕に抱き締められた時。 俺は初めて思ったんだ。 ああ、こいつを俺だけのものにしたい、って。 同時に、それを口にすることがどんなに身勝手で罪なことかもちゃんとわかっている。 トリは優しい。 だから、俺だけを見ていてほしいと言ったら本当に俺以外を見る目を潰してしまうだろう。 これ以上トリの優しさにつけこんではいけない。 でも、あいつが離れていこうとする時だけは体当たりで引き留めるのを許してほしい。 俺の様子を気遣ったのか、トリは撫でるようなキスで俺をなだめ、割れ物を扱うようにゆっくりと慎重に俺を抱いた。 「きつくないか?」 「うん、へーき」 思いっきり優しくしてるくせに、まったくこいつは何を言っているのか。 まあこういう律儀なところも好きなんだけど、と思ってしまう自分が可笑しくてちょっと笑ってしまった。 安心したのかトリの動きは徐々に激しくなり、身を任せていた俺はいつのまにか意識を飛ばした。 夢の中で、俺はトリの首に鎖をかけていた。 俺みたいなバカにしか見えない透明な鎖だ。 だからトリがそれに気付くことはたぶん一生ないだろう。
この鎖に振り回される俺を人は滑稽だと笑うだろうか。 だけど、きっと俺はそれをずっと手放すことはできないんじゃないかと思う。 目を覚ました時に隣で寝ているトリの息遣いに苦しそうな気配はなく、俺はとりあえず胸を撫で下ろして、もう一度夢の中へと戻った。
END 2010/11/11 ⇒「敗者の鎖」 ※トリの様子が変だった理由。柳瀬がかわいそうな感じの話です。 |