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「羽鳥って乙女座だっけ?」
木佐がデスクから声を掛けてよこしたので何事かと視線をやると、雑誌を片手にニヤニヤとこちらを見ていた。
「星座がどうかしたのか」
「いや、今星占い見てたんだけど、羽鳥って確か乙女座だったよなーと思って」
そう説明したあと、楽しそうに言った。
「どう?最近女絡みのトラブルに巻き込まれてない?」
「……………どういう意味だ」
俺が顔をしかめると、美濃まで木佐の持っている雑誌をひょいと覗き込み、笑った。
「ああ、『女難の相有り』だって。気を付けなよ?羽鳥はただでさえ……」
「ただでさえ何なんだ」
妙に引っ掛かる物言いに語気を強めると、
「さあ?」
「別に〜」
二人そろってはぐらかされた。いつものことといえばいつものことなので殊更気にしてはいないが、隣でおろおろしている小野寺がむしろ気の毒だと思った。
小野寺に向かって気にしなくていいと目で合図を送り、ため息をつく。
(女難の相、か)
これでも身持ちは固い方だと思っているのだが、木佐と美濃は一体俺を何だと思っているのだろう。
多少は女性に好意を持たれやすいのかもしれないが、高野さんほどではないし、それで大きなトラブルにあったこともない。
一之瀬先生についてはいつか何とかしなければとは思っているが、その程度だ。
はっきりと交際を求められているわけではないし、吉川千春に肩入れをしている様子を匂わせつつ牽制しているので、何らかの行動に出られることもしばらくはないと思う。
仕事の相談と称して呼び出されるのもそろそろ勘弁してほしいが、エメラルドの看板作家であるうちは無碍にはできない。
作家と編集以上の関係になることはないと吉野に明言はしてあるけれど、モヤモヤは残るようで、そういう意味では厄介な問題ではある。
それ以外は幸い親に結婚をせっつかれることもないし、プライベートで特別親しい異性もいないし、とくに問題が起きるようなことはなさそうだと思う。
(所詮、占いだしな)
そこまで考えて、雑誌に載っている占い一つに悩むのも馬鹿馬鹿しいと思い至り、考えるのを止めた。
向かいのデスクを眺めると、今度は小野寺が近いうちに恋愛が成就するだのなんだのからかわれており、自分がターゲットから外れたことをこれ幸いと企画書の作成を再開した。
「羽鳥、ラッキーアイテム聞かなくていいの?」
いらん、という顔をしてパソコンに向かっていると、つまらなさそうな顔をされたあと、二人はまた小野寺をからかい始めた。






その日は退社後、まっすぐ吉野の家へ向かった。
ネームの直しができたと伝えたところ、電話じゃわからないから直接来いと言われたのだ。
今回ネームが上がってくるのが早かったので、うまくいけば今回こそ締切までには原稿があがるかもしれない。
そのためには吉野のやる気を崩さないように、と頭の中でカレンダーをめくった。
今月は連載作品の原稿に加えて夏休み号に向けて付録のカットもある。
つまらないことで吉野のモチベーションを下げてしまわないように気を付けねば、とネクタイを締め直して吉野の部屋のドアを開けると、俺の心中など知る由もない呑気な顔に出迎えられた。
「おかえり、トリ。ご飯にする?お風呂にする?」
「…………なんだそれは」
冗談のつもりだろうが吉野がベタな新婚家庭の台詞とともにあらわれたため、過労による幻覚でも見ているのかと思った。
可愛いか可愛くないか問われれば可愛いとは思うが、強いて言えば着ているのがジャージなのがいただけない。

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