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道路の脇に車を停め、一つ深呼吸をした。
きらきらと光るような風がまぶしくて目を細めると、少し離れた場所から子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
車から降りて、よれたスーツにトレンチコートといういかにもな格好の自分を見下ろし、
やはり場違いかと逡巡したけれど、ここまで来たら仕方ないと勢いよく車のドアを閉めた。

『草間園』

運動場と公園を模したような小さな庭にある看板には、可愛らしい文字でそう書いてある。
庭で遊んでいる子供たちは幼稚園児くらいの子から小学校高学年くらいの子まで、年はバラバラだ。
その微笑ましい光景を横目に、誰にも聞こえないように俺は呟いた。
「……やっと見つけた」
ざわめく俺の心を代弁するかのように、子供たちのはしゃぐ声を縫って、ごう、と風が湧き上がった。
コートの裾を適当にあしらいながら、園の方へ歩き出す。
子供たちに取り囲まれている背の高い男が、彼らから視線を上げ俺と目を合わせた。
と、同時にそいつのエプロンと俺のコートがひらりと風にはためいた。
相手の驚愕の表情を認めたけれど、俺から視線を外すことはなかった。
驚いたか?俺もだよ。
まさかこんな形で再会するとは思わなかった。
やや後退りしそうになる心を叱咤し、つかつかと歩み寄る。
向こうも逃げの姿勢は見せなかった。
「久しぶりだな、野分」
「……ヒロ、さん……」
懐かしい己の名前を呼ぶ声に、心臓の奥が指先でつねられたようにキリキリと痛む。
次々に飛び出しそうになる湿っぽい感情にきつく蓋をして、短く野分に告げた。
「先日の事件について話を聞きたい」
野分の瞳の奥で緊張の色が走った。
「……野分。いや、」

「今は草間会三代目、と呼んだ方がいいか」


懐かしい野分。
だけど、目の前に立つのは、俺の知らない表情をする男だった。
胸ポケットからついでのように警察手帳を覗かせてやると、野分の独特な癖のある髪がたてがみのように逆立って見えた。
俺は少し首を傾げて返事を促す。
「……俺にわかることでよければ」
観念したかのような返事だった。

一番近くにいる子供の頭を撫でて用事ができたと説明すると、野分は園の敷地内にある家屋へ俺を案内した。

 

 

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