「トリチア短い話詰め合わせ」

 

 

◇当日の話◇ ※「バレンタイン準備号」の後日談です


これ、約束のチョコレート。

やったー!さんきゅー!マジ嬉しい。

どういたしまして。

あ、えーっと、それでさ…。

なんだ。

その、一応、俺もあげた方がいいのかなー、なんて。

別に気を遣わなくてもいいが。

いや、実はもう買っちゃってたりして。

買いに行ったのか?お前が?チョコを?

今はお取り寄せっていう文明の利器があるんだよーだ。

…なるほど。

だから、まあ、お前が甘いのあんまり好きじゃないとは知ってるんだけど…。

ああ、ありがとう。

いいの?なんか気の利いたもの選べたらよかったんだろうけど、よくわかんなくって。
やっぱ俺ダメだ。
お前みたいにうまくいかない。

そんなことないよ、嬉しい。
まさかお前からもらえる日が来るとは思わなかった。

別にチョコは無理して食べなくていいから。
ただ、なんていうか、バレンタインに俺がチョコを渡すのはお前だ、っていうことだけわかってくれたらそれでいい。

……千秋…。

まあそういうことっていうか…、あ、わ、ちょっと……んッ……!

………。

……ッふ……。ったくお前は油断するとすぐ……。

してほしそうな顔に見えたからな。

黙れ!………あ、そうだ。

なに?

言っても怒らない?

場合による。

いや、絶対にトリは怒る。

わかったわかった。怒らないから言ってみろ。

ほんと?

本当だ。

えっと、『じゃあ、俺をやる』。

………。

ごめん、言ってみたかっただけ。っていうかやっぱ怒ったじゃねーか!!

いいや、怒ってない。

じゃあその顔はなんだよ!!

一つだけ言っておくが……。

うっ。

一口たりとも残さないから覚悟しておけよ?

!!!!

何か反論があるか?

………た、

た?

た、食べ残しは許さねーからなっっっ!!!

………っ。

笑うなーーーー!!

はいはい。



END


2011/02/22




◇あまりてなどか人の恋しき◇

トリにいつか言ってやろうと思いながらこういうこと言えちゃうような大胆さがないからまだ言えてないことがある。
それは「お前のせいでこんな身体になっちゃったじゃないか!」という口にするのはすごく恥ずかしいけど俺にとっては切実な問題だった。
そりゃあ性欲は人並みだと思うしさすがに枯れるにはまだ若過ぎると思ってるけど、まさかこんなに貪欲な身体になってしまうとは思っていなかった。
付き合って最初の頃は、トリのセックスが巧いせいだと思っていた。
悔しいけどあいつは俺の知らないあんなことやこんなことを知っている。
だから男同士が初めてな俺が翻弄されるのも仕方ない。そう思っていた。
だけど、付き合って一年以上経過した今ならわかる。俺の身体がトリの愛撫に応えて変わってきている。
している最中の反応もそうだし、していない時の渇望もそうだ。
今はトリと付き合っているけれど、たぶん俺は男が好きなわけじゃなくて、トリだから男同士でも大丈夫なのだと思う。
逆に言えばトリと付き合っているからといって女の子への興味がゼロになったわけではない。
仕事柄ティーンズ向けのファッション誌をよく読むけれど、少年誌についてるグラビアも別に嫌いじゃない。
テレビにアイドルが映っていれば誰が一番タイプか考えるし、漫画を読んでてお色気シーンになればページをめくる手がとまる。
そういう異性に対するムラッとした気持ちがなくなったわけじゃないのはわかるし別に不自然じゃないとも思うけど、問題はその次のステップだ。
その手の軽い性的な衝動を感じた次の瞬間考えることは「トリとしたい」ということだった。
例えそのきっかけがトリには全然関係ないことだったとしても、だ。
ムラムラが治まらない時にはトリの愛撫を思い出しながら一人で手を動かすのである。
これはもう俺の身体が変わってしまったとしか思えない。
性的衝動は全てトリに向かって育ち、それ以外では解放するすべを持たない。
トリに抱かれている瞬間一番強く感じることだけど、たぶん俺の身体はもうトリに支配されているのだ。
性的な快感は絶対トリ以外とは共鳴しないし、絶頂へ導かれるのもそれを解放させるのも、決定権はトリの意志一つしかない。
普段は俺に甘くて俺のわがままは大体きいてくれるし食べたいものを作ってくれるし面倒くさがりの俺に代わって掃除も洗濯もしてくれる。
そうやってさも俺の言うことは何でも聞くみたいな顔をしながら、実質俺の身体はトリの支配下に置かれている。
自分では快感一つコントロールできない。
どうしてこんなになっちゃったのかな。トリはこれを望んでいたのかな。
疼く身体を慰めながら時々考える。
正直、恐くないと言えば嘘になる。心も身体もここまでトリに依存していたら、いつか俺はダメになるかもしれない。
もしかしたらトリはそれでもいいと言ってくれるかもしれないけど。
そして、俺が責任をとる、くらいのことは言ってくれそうだと期待している。
ほんとに責任とってもらうからな、と呟いて笑いを堪えると、濡れた髪もそのままにトリの待つベッドへそわそわと歩き出した。




END


2011/06/11






◇マイナスの距離◇

人にはパーソナルスペースというものがあり、一定の距離の内側に他人が入ってくると不快感を感じるという空間のことだそうだ。
なるほど確かにどんな相手でもある程度の物理的な距離はとるだろうし、遠慮なしに距離を縮めてこようとする相手には警戒心を持ってしまう。
防御として必要な間隔なのだろう。
しかし吉野を見ていると、あいつにはパーソナルスペースが欠落しているのではないかと思うことがある。
漫画家になって以来あいつの周囲にいるのは俺や柳瀬といったごく親しい人間ばかりになってしまったので、たまに他人に会う機会があると必要以上に怯え、逆に今度は見ていて不安になるほどに吉野は俺や柳瀬を拒まないのである。
まったく逆の態度に見えて、結局他人に対する構えというものをしていないからそうなるのだ。
仕事でどうしても親しい人間以外と顔を合わせなくてはいけない場合もあるのに逃げ回っているのは俺としても困るし、顔に触れたり抱きついたり柳瀬にそういったことを許しているのを見ると非常に腹が立った。
むしろ後者の方が俺にとっては重要な問題だった。
百歩譲って柳瀬の特別な好意に気付いていないのだとしてもあまりに防御力に欠けていると思わざるを得ない。
もちろん俺がそんなことを言ったところで、自分のことを棚に上げて、だが。
吉野が俺に対して欠片も警戒心を抱いていないことは自明だったけれど、さすがに身体を許すことはその延長ではないだろうと付き合い始めてからも俺はつまらないことを考えてしまう。
いくらパーソナルスペースが狭いからといって、身体の内側にまで入ってくることはまた別の問題だ。
抱きつくのとはわけが違う。俺も最初のうちは、これまでのスキンシップの続きのようなものでなんとなく俺を受け入れてしまったのではないかという疑心にかられたこともあった。
そのせいでどこまで内側に侵入しても許されるのか試すような真似をしてしまったこともある。
今考えると馬鹿みたいだが、それでも幼馴染の延長ではないという確かな線引きがほしいと焦っていたのではないかと思う。
このことについては吉野自身の口から、同情や勘違いで同性とやれるかという大変男前な台詞をいただいたことがあるので、そのあたりのボーダーラインはあるらしい。(ないと今度は俺が困るのだが。)
たぶん吉野自身もあまり深く考えたことはないのだろう。
まだまだ不安は残るけれど、とりあえずはそのマイナスな距離のパーソナルスペースは俺だけのものだと甘受させてもらおうと思う。
そんな俺の思惑などまったく知りませんよというような顔をして腕の中で眠る吉野の頬を撫でれば無防備は寝顔で身体を寄せてきて、まったく呑気なものだ。
吉野にとって一番危険な男が吉野自身の内側にいるのだから防御を身に着けようとしないのも当然か、と俺は幸福のため息をついた。


END



2011/07/27






◇おいしいものは毎日食べたい◇


おいしいものはお腹がいっぱいになるまで食べたい。
腹八分目じゃ全然足りない。
もう一口、もう一口と頬張ってるうちにもうお腹には何にも入らないってくらい満腹になって、ごろりと寝っ転がる。
右を下にして横になると消化にいいんだっけ?
お腹は苦しいけれど、胃袋は満たされていて、もう何もしたくない。
死ぬほど食べて、満足で、当分もう食べなくてもいいかな?って思う。
だけど、三日くらい経つとまた思いっきり食べたくなる。
たくさん食べて、お腹が苦しくなって、でも勿体ないから限界まで食べまくる。
そんで、横になる。
そういうのが幸せなんだと昔は思っていた。

トリのご飯はおいしい。
料理をする相手は専ら俺なので、味付けも俺好みの味になっている。
もしかしたら俺の好みの味がトリの作るご飯の味かもしれないけど、とにかく俺は(ぶっちゃけ母親の料理よりも)トリのご飯が大好きだった。

漫画家になって、一人暮らしを始めて、その頃は今みたいなレベルの生活とは程遠かった。
デビューしたてで原稿料なんて画材とアシ代ですぐに消えていく。
もともとの生活力もアレだから、今考えてもひどい食生活をしていた。
やっすいインスタント食品を買いだめして、みたいな感じ。
そんな俺を見たトリから連絡がいって、実家からたまに食糧が差し入れられたりしていた。
初めて単行本を出してもらえた頃トリはもう丸川に就職していて、定収入のある立派な社会人だった。
少女漫画部門に配属されたということで、忙しい中よく電話をしてくれた。
どんな漫画が流行っているのかとか、トリの担当しているのはどんな作家かとか、そういう話をしてくれる。
その頃は丸川で描いていなかったから、こういう形でよその話を聞くのはどうなのかな?と思っていたけど、友達なんだから、というトリの言葉に甘えていた。
そしてトリは暇を見ては俺にご飯を作りにきてくれた。
外食をおごるんじゃなくて、わざわざ俺のために手料理をしてくれるのがすごく嬉しい。
高いものおごってやれるほど高給取りじゃないからと笑っていたけれど、それも含めて全部トリの気遣いだったことが今ならわかる。
あの頃からトリは俺の体調とか仕事の状況とか全部心配してくれていたのだ。
そんなことまで全然気の回らなかった俺は、トリが来てくれる日がご馳走だと手放しで喜んでいた。
前の日からあれこれとリクエストをして、わくわくして待っている。
そういう時は心なしか原稿の進みも早い。
そういう俺のうきうきを知っているから、トリも目一杯たくさんの料理を作ってくれる。
それを俺はもう一口も入らないというくらいまでお腹いっぱい食べる。
放っとくと俺はすぐ痩せてしまうからと言って、トリは次の日の分までたくさん作ってくれて、たくさん食べて頑張れと言ってくれた。
満腹で苦しくなったお腹を抱えてトリみたいなお嫁さんがいたらどんなにいいことだろうと眠るのが、漫画以外で唯一の生活の中での楽しみだった。

最近は逆に苦しくなるまで食べる方がもったいないかなって思っちゃうんだよね。
トリにそういうと首を傾げられた。
今日は俺の大好きなハンバーグをトリが作ってくれている。
昔は合挽き肉をたくさん買ってきてラグビーボールみたいなでっかいハンバーグを作ってくれたけど、さすがに今は常識的な大きさだ。
年を考えるとあまり極端が暴飲暴食はしない方がいいのだろう。
トリはなるべくお前を太らせたいから食が細くなるのは困る、と言った。
そうじゃなくって、と俺は説明する。
どんなにトリのご飯がおいしくても、食べ過ぎて苦しくなったりもういいやと思ってしまったりするのがもったいないのだ。
もうちょっと食べたいな、くらいで終わらせる方がいいような気がする。
明日も食べたい。
明日も適切な量を食べる。
明後日も食べたいな、と思う。
そうやって毎日食べたいな、という楽しみが続いていくのが幸せなような気がしてきた。
おいしいものはいっぱい食べたい、じゃなくて、おいしいものは毎日食べたい。
少しずつ、毎日。
それがずっと続いていくのが幸せ。
満腹食べて、今日死んでもいいなんて思う方がもったいない。
今はお互いやらなくちゃいけないことが多くて無理かもしれないけど、普通のご飯を毎日トリと食べる生活が訪れたら、俺の幸せはたぶんそこにある。
そういう生活ができるようになった頃には俺も料理を手伝えるようになってるかもしれないしさ、と言うと、どうだか、と言って笑われた。

おいしいものは毎日食べたい。
好きな人には毎日会いたい。
腹八分目の幸せが毎日続いていきますように。
そんな願いを込めて、大きな声でいただきますを言った。


END


2011/09/03





◇解く◇ ※SM注意


吉野を一旦床へ下ろし、緊縛を解かぬまま両腕に抱えてベッドへ運ぶ。
まだ目隠しも外してやっていないが、それでも吉野の表情がありありとわかるようだ。
顔を紅潮させ、息は荒い。
それでも興奮に浸りきっている、恍惚の表情。
吉野にこんな表情をさせているのが自分だという事実にぞくぞくと背筋が震えるような感覚を覚えた。
ゆっくりとシーツの上に横たえて、丁寧に結び目を解いてやる。
一つ結び目が解けるたびに吉野の四肢から力が抜けてゆき、いびつに固定された身体へ徐々に安堵という名の血が通い始めるのが見える。
上半身にかけていた縄を外してやると吉野が大きく息を吸い込んだ。
縄の結び目から一度手を離して目隠しを外してやると、目尻に涙をためた吉野の瞳があらわれた。
唇を一生懸命動かそうとしているが、喘ぎ疲れてうまく発声ができないようだ。
「よく頑張ったな」
吉野の頭を優しく撫でながら言う。
伏せられていた吉野の大きな瞳がこちらを見る。
泣いたせいだろうか目のまわりが少し腫れているようだったけれど、その涙が自由を奪われ辱めを受けたことによる屈辱のためのものではないことを俺はもう知っている。
その先の快感を知ってしまったことによる涙だ。
「少しきつく縛り過ぎたな。痛かっただろ」
ぶんぶんと首を振って吉野が否定する。
腕、足、と順に解放していき、やっと吉野は全身をベッドの上に投げ出した。
「トリ」
掠れた声で吉野が呼びかける。
呼びかけに応えて俺は軽く唇を啄む。
「床、汚しちゃって……ごめん」
「いいよ、気にするな」
我慢できなかったんだろ、と耳元で言ってやると、羞恥に頬を染めた。
縛ったときに擦れて跡になってしまった部分をさすってやりながら、俺も吉野の隣に横になった。
それが気持ちよかったのか、吉野は甘えるように身体を寄せてきた。
「トリ、俺頑張った?」
「ああ」
もう一度頭を撫でてやると、吉野が嬉しそうに笑う。
俺だけに見せる、吉野の嬉しそうな顔。
「じゃあ、ご褒美ちょうだい」
「ご褒美?」
「うん」
恥ずかしそうにか細い声で吉野がつぶやく。
トリが欲しい、と。
責め苦に耐えたご褒美は、優しいキスと優しい愛撫。
さっきまであられもない声を上げて歪んだ快楽に溺れていたくせに、こんな可愛らしいおねだりをするのに少女のように恥らう。
どちらも、俺だけが知っている吉野の欲望だ。
唇を親指でなぞり、ゆっくり深く口付ける。
吉野も力の入らないだろう腕を俺の身体に巻きつける。
「大丈夫?身体つらくないか?」
必死にしがみついてくる吉野に問うと、平気だと言われた。
「トリは優しいから、平気」
吉野の服を剥ぎ、拘束し、物のように吉野の四肢を折り畳み、吊り下げ、ひどい言葉を吐きかけ、責め辱めた俺を吉野は優しいと言う。
どんなに自由を奪われても、俺の声と感触を感じることができれば、絶望は訪れない、と言った。
俺は優しい男のふりをしているのか、それともひどい男のふりをしているのか。
吉野を責め、抱くたびに、自分が何をしているのかわからなくなる。
俺の答えは間違っているのだろうか。
正しい答えを知る日はくるのだろうか。
(それでも、吉野を愛しいと思う気持ちだけは変わらない)
この世界で一番愛しい生き物を腕の中から逃がしてやることなど、とうにできはしないのだから。




END

2011/09/22