昔は何でもかんでも平気だった。 ジュースを回し飲みしたり、一つのお皿で分け合って食べたり。 物の貸し借りだって何回したか数え切れないくらいだ。 服とか身につけるレベルの物だって大丈夫だった。 ぶっちゃけ他の人には言ったことないけど、間違えてトリのパンツを3回くらい履いたこともある。 (呆れた顔でお前にやると言われたので、そのまま穴が空くまで履き続けた。) トリのものは俺のもの。 俺のものも、まあ大体トリのものと言って差し支えない。 そういうことまでやりとりできちゃう俺たちって親友だよな! 幼馴染みだから当たり前だよな!! …とそんなスタンスで30年近く生きてきたわけだけど、ここにきて今まで通りには構えていられなくなってしまった。 恥ずかしい、のである。 箸が転んでも可笑しい年頃とはよく言うけれど、近頃の俺は時期外れの思春期が来てしまったかのように、トリと何をしても照れるし恥ずかしい。 『トリと』がポイントなので、本当に厄介なことこの上ない。 トリが家で飯を作ってくれる。 それを俺がうまいうまいと食べる。 トリが嬉しそうに少し笑う。 ……なんか恥ずかしい。 原稿が上がってトリの家でぐったりしている。 このままトリのベッドに潜り込もうかと考える。 そんなうとうとしかけている俺の肩を揺すって、風呂に入れとトリが言う。 ……訳もなく恥ずかしい。 しゃべるときに顔が近い。 うっかりお互いの手が触れる。 二人同時に同じことを考えている。 トリから俺の家のシャンプーの匂いがする。 電話の声がたまに優しい。 差し入れに俺がほしいと思ってたものを買ってきてくれる。 そういう、些細で、今まで何とも思ってなかったことに照れてしまう。 もうほんといい加減にしろ!俺!と思うのだけど、どうしようもない。 もちろんこんな風になってしまった理由はわかりきっている。 これまでは『幼馴染み』だったから平気だった。 でも今は『恋人』だから平気じゃなくなった。 つまりそういうことだから、とは分かっているのだけれど。 分かっているけど、納得できない。 「なーんで、こんなことに…なあ?」 「どうかしたか?」 「いや、何でも」 俺のことをおかしなものを見るような目でトリが見る。 さっきまで俺が食べていたプリンが口元についたままっだたらしく、トリは指先でぐいと拭うとそのまま躊躇いなく自分で舐めやがった。 「お前…っ」 (…こういうところも、ずるい) その動きに照れたような様子は見られず、俺ばっかりソワソワしてしまってずるいと思う。 (まあ元からあんまり表情には出ない奴だったけど)
付き合い始めてから意識してしまうのはしょうがないのかもしれない。 むしろ最初の頃は自覚がなさ過ぎるとトリに怒られていたくらいだ。 だけど何でもかんでも意識してしまったら、こっちの身がもたないので勘弁してほしい。 キスとかセックスが恥ずかしいのはもう仕方がない。 あきらめた。 いや、あきらめちゃいけないのかもしれないけど、だってそもそも恥ずかしいことをしてるのだ。 そして嬉々として迫ってくるトリが恥ずかしい男なのだ。 例えば俺がそーいうのが恥ずかしくなくなったら、こう、自分からどんどんトリに… (無理無理無理無理…!!) それは無理だ。 やっぱりこっちはあきらめよう。 だけど、日常生活のわずかなことに照れてしまうのは何とかならないものだろうか。 あからさまに挙動不審な態度をとってしまい、トリにからかわれるのはたまらない。 過去の自分が今の俺を見たら、何をやってるんだと笑うことだろう。
なんでトリなんかにときめいてるの? 今までずーっといっしょに過ごしてきて、何を今更意識してるんだ? そうやって馬鹿にされるんじゃないかと思う。 正論過ぎてため息も出ないけど、それでも俺は反論せざるを得ない。 だって好きになっちゃったんだから、しょうがないだろ!!と。 あれもしょうがない、これもしょうがないのオンパレードで自分で考えてて情けなくなるけど、だってどれもどうしようもないんだから。 確かにただの幼馴染みだと思ってたよ。 でも、告白されて、好きになってしまった。 そしたら無性にトリのことが気になるようになっちゃって、もう自分じゃ制御しきれない。 触れられればドキドキするし、声を聞けば嬉しい。 疲れてれば心配になるし、ケンカをしたらすぐに仲直りしたい。 トリは散々俺の無自覚に呆れてきたけど、こうなるのがトリの理想だったんだろうか? そうだとしたら、やっぱりあいつは根っからのSだとしか思えない。 涼しい顔でこっちを見ているトリにイラっとして、仕返しとばかりにトリの手をつかんでその指を舐め返してやった。 俺の行動が予想外だったのか、トリはポカンとしている。 でも普段のポーカーフェイスは崩れない。 (ったく、赤くも青くもなりゃしねーな!) 「お前はしないのかよ」 「何が?」 「……ドキドキ、しないのかって聞いてる」 途端にトリは吹き出した。
「するよ。いつもしてる」 「うそつき」 「嘘じゃない」 証明してやると言われ、俺は腕をトリに力強く引っ張られた。 顔をトリの胸に埋め、背中に手を回すかたちになった。 「わかるか?」 胸側からと背中側からと、両方からトリの心臓の音が聞こえる。 信じられない恥ずかしい男。 ていうかこんなことされたってわかるわけない。 だって俺の心臓の方がもっとずっとでかくて速くて全然わかんないんだよ! 「…恥ずかしい」 「そうか」 「どうやったら恥ずかしくなくなるのかな?」 少し考えて、トリはあっさり言い放った。 「俺のことを好きじゃなくなればいいんじゃないか?」 その答えがまたすごく上から目線みたいでムカつく。 「お前のこと好きじゃなくなってもいいの?」 「いいわけないだろう。そんなこと俺が許すと思うのか」 「…思いませんよーだ」 ムカつくけど、いつもの言い草に安心なんかしたりして。 恥ずかしいのはしょうがない。 だって相手がこの男なんだから。 開き直った俺はちょっとだけしがみつく腕の力を強くしてみた。 返される腕の強さも、いつもよりちょっとだけ、きつい。 END
2010/12/12 |