「夏の日の恋」

 

 

「なんかなあ……、なんだかなあ……。」

ごろりと吉野が寝返りをうって、天井を見つめた。
その合間にはぶつぶつと謎の独り言が聞こえてくる。

 

今俺たちが寝そべっているのは俺の実家のベッドだ。
普段の俺や吉野の部屋のベッドより狭いため、いつもより距離が近く、そのせいで吉野の独り言もよく聞こえる。
部屋の明かりは消してあるけれど、青白く差し込む月明かりでお互いの顔もちゃんとわかる。
口をとがらす吉野を見て、さっきまでの自分の行動を振り返った。
思いがけず吉野が嫉妬を見せるところを見てしまったせいで、最近顕著に減りつつある吉野に対する自制心が吹っ飛び、
そのまま床に押し倒し事に及んでしまったので、文句の一つでも出て当然かもしれない。
だが吉野もやだやだやめろと騒ぐものの、減らず口を塞いで弱いところを確実に探っていけば、いとも簡単に可愛い喘ぎ声を聞かせてくれる。
最初の一回こそ死ぬほど罪悪感を感じていたけれど、最近の自分からねだってくるような吉野のせいで、調子に乗っている俺がいる。
だって仕方ないじゃないか、と俺は開き直った。
欲しくて欲しくてたまらなかった吉野が俺から逃げずにいてくれて、その上少しずつだが近づいてきてくれているのだから。

 

 

隣で寝ている吉野に、どうかしたのかと尋ねる代わりに軽く頭を抱き寄せた。
怪訝な顔はされるけれど、振り払われはしない。
数年前では考えられなかったこの吉野との距離に、俺は目を細めた。
俺の腕が収まりのいい腕枕になるよう、吉野はゴソゴソと身体を動かし、さらに身体をくっつけてきた。
この動きが無意識だろうが無自覚だろうが、今日のところはどうでもいい。
吉野と二人だけで過ごせるこの時間をひたすら貪りたい。


「どうした、さっきから。」
結局吉野の表情は変わらないままだったので、腕であやすようにして尋ねた。
目線を逸らした吉野は、少しだけ気まずそうな顔をした。
「いや、ここってトリの部屋なんだなーと思って。」
「はあ?何を当たり前のことを……。」
確かに普段ヤるときは大体俺かこいつのベッドだから、場所が変わると少し違和感はあるのかもしれない。
だけどそこまで感慨深いものでもないと思うのだが。
「それにお前、昔も散々このベッドで寝てただろ。」
俺がそう指摘してやると、吉野はガバと跳ね起きた。

「そう!それなんだよ!!」
「……はぁ?」

またしても意味がわからない。
とりあえず風邪を引かれては困るので布団の中に引きずり戻してやったが、吉野は俺の身体に乗り上げるようにして顔を覗き込んできた。
「俺さー、ちっさい頃から何回もこの部屋で寝てたじゃん?」
「お前完全に自分の部屋だと思ってただろう。」
「うん、まあそーなんだけど。」
「だったら何を今更……、」

ぺたん、と力が抜けたように吉野は俺の脇に身体を丸めた。
そのまま上目でこっちを見てきた。

「その頃はさー…、トリとこんな風になるなんて思ってもみなかったよなーと思って。」

それだけ言うと、吉野は目を伏せてしまった。

 

 


「そう、だな。」

俺はそう言うのが精一杯だった。
いつもの吉野の『思ったことを言っただけ』なのはわかるけれど、今の吉野の戸惑いを端的にあらわしている言葉に俺の動きは凍りついた。

俺のことはずっと友人だと思っていた。
距離が近過ぎて俺の気持ちに気付かなかった。

吉野に何度か言われた言葉だ。
あいつの言い分はもちろん理解できる。
俺の方が気付かれないように振る舞っていたから当然だ。
それをこの期に及んで俺の気持ちをわかってくれ、だなんてムシのいい話かもしれない。
だけど一度タガが外れた欲求を再び封印することはできなくて。
これ以上吉野を傷つけないためには、距離を置くか真っ向から受け入れてくれと告げるかしかないと悟った。
まるで吉野の好意につけこむような形になってしまったけれど、この腕の中にいるあいつを手放すことはできなかった。


吉野に好きだと言ってもらえるのは素直に嬉しい。
だけど、あいつの中で幼なじみとしての『好き』と恋愛感情としての『好き』を完全に切り離すことは難しいだろう。
100%恋愛感情に切り替えろなどというのは無茶な話だ。

昔の俺たちの関係とはすっかり変わってしまった。
そのことが吉野を傷つけてはいないだろうか。
俺たちが単なる幼なじみの友人同士だった時代、俺の方は多少苦しい思いもしたけれど、
吉野がよく懐かしがる『幼なじみの』俺との思い出を捨てさせることにはならないだろうか。

 

「……すまない。やっぱり後悔してるか?」
やっとのことで片手を動かし、吉野の髪を梳いた。
俺だって、昔のように吉野とバカな話をしたりバカなことをしていた時代が懐かしい。
だけど胸の底に秘めていた想いを打ち明けてしまった以上、もう昔の俺たちに戻ることはできない。
そう告げると、じろりと睨まれた。

「お前さあ、いい加減にしろよ。」
「……!!」
「いつ俺がお前との関係止めたいっつったんだ!そのムダなネガティブさ直さねーとマジで怒るからな!?」
耳元で怒鳴られ、思わず唖然とした。

「そりゃあ小学生の俺からしたら俺とトリが、その、恋人同士?みたいになってるとかビックリかもしれないけど、なっちゃったもんは仕方ねーだろ?」
「……あ、ああ。」
「だーかーらー、そういう時は『そうだな、ビックリだな』って笑っとけばいいんだって!わかったか!!!」

もう知らん、と布団に頭から潜り込んだ吉野を掛け布団ごと抱き締めて、吹き出してしまった。
どうしていつもこう俺を喜ばせるようなことばかり言うのだろう?
「どうしよう、千秋。お前のことが好き過ぎてどうしたらいいかわからない。」
「……っ、知るかっ!」
「千秋、顔見せて……?」
もぞもぞと出てきた吉野の鼻の頭に軽く一つキスをすると、視線がかち合う瞬間唇を重ねた。
おとなしくされるがままの舌が可愛くて強めに吸い上げると、肩が震えるのがわかる。

こうして何でもないことのように俺を受け入れてくれる吉野に、俺はいつも救われている。
だけどこのままではお前のことが愛し過ぎておかしくなってしまいそうだから、お前は早く俺を求めて縋りつくようになれ。
俺はもうお前を死ぬまで愛する覚悟はできている。

 


口の端から垂れた唾液をゴシゴシと色気のない動作で拭った吉野は、枕に顔を埋めた。
物足りない俺はどうにかこっちを向かせようと、しきりに髪を撫でる。
しかし、やっと顔を上げた吉野はさもいい事を思いついたというような顔で言った。

「今思ったんだけど、バカやりたい時は幼なじみ同士で、そーいう気分の時は恋人同士、とかにすれば一挙両得じゃね??」

その顔は恋人のそれではなく、完璧に幼なじみのバカの顔だった。
ため息をついて吉野の頭をポンポンとはたく。

「作家と編集、の関係も忘れるなよ。」
「それは休みが終わるまで忘れさせろよ!」
「……わかった。忘れさせてやろう。」
「わっ、トリ、何して……っ」

両肩をベッドに押しつけて腰を抱え直すと、あわてて吉野は抵抗を始めた。
だがもう遅い。
学習せずに何回でも俺に火をつける吉野の方が悪い。

 


月明かりの下、何度も吉野に悲鳴を上げさせた俺はやっと満足して眠りについた。
隣の吉野は顔をしかめながらも俺に抱きついて眠っている。

あの頃には戻れないけれど、何年かぶりのいい夏休みになったような気がする。

 

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

2010/04/07