「今週のオススメはコレ。連載始まった時から『これはくる!』って思ったんだよねー。」 今日も書店の常連の女の子たちを相手に、オススメの新刊紹介に大忙しだった。 「俺もコミックス出るの楽しみにしてたんだ。ね、読んでみたくならない?」 どうしよっかなーと黄色い声を上げる女の子たちに、ここぞとばかりに俺のお気に入りポイントを語りまくる。 王道と見せ掛けて、最初の出会いのところはこう来るか!って唸ったね。 ヒロインが超可愛くてさ、俺女の子に生まれ変わるんならこういう子になりたいよー。 この巻の最後の方に出てくるライバル、ちょっと俺に似てるんだよね。 え?かっこいいって、ほんとほんと!読んで確かめてみてよ。 こうやっていっぱい彼女たちと話をして、いっぱい買ってもらえればそれが最高だ。 好きな漫画の話ができて、店の売り上げもアップして、オススメ漫画も布教できて、一石二鳥、三鳥にもなる。 買ってもらえなくても、好きな漫画のことを知ってもらえるだけでもかまわない。 ありがたいことに、大体はお買い上げありがとうございますのスマイルで見送ることになる。 しょうがないからまた来てあげるよと女の子たちは手を振ってくれて、これだから本屋の店員はやめられない。
このやり方を見て、詐欺みたいなセールストークだとか、ホストみたいな真似しやがってとか言われることももちろんある。 女の子にお世辞言ってりゃ本も買ってもらえて、イケメンは得だねー、だとか。 端から見ればそう思われても仕方ないので聞き流しているけれど、わかってないな、とこっそり苦笑してしまう。 女の子は上辺のお世辞なんかじゃ財布の紐をゆるめてくれないことだとか、 どれだけ俺が少女漫画を愛してるかってことだとか。 自分は、好きなものに対しては見境がないタイプなんじゃないかと思う時がある。 俺の欲求のベクトルはいつもどこへ向かうかというと、 『どれだけ俺がそれを大好きか、とにかく知ってもらいたい』という方向だ。 好きなものをこっそり愛でて、自分一人の胸にしまっておくなんて性に合わない。 好きなものは好きだと声にして言いたい。 俺の気持ちを知ってほしい。 女の子を好きになって、告白するときもそうだ。 何が一番嬉しいかって、『好きだ』という俺の言葉を喜んでもらえた瞬間だ。 伝えてよかった! そんな気持ちで満たされる。 だから俺が漫画を読んでても、つい共感してしまうのは何かを一生懸命伝えようとする登場人物だ。 ヒロインが勇気を出そうと決心すれば、頑張れと応援してしまい、 必死の告白が邪魔されれば、もう少しなのにと歯噛みしてしまう。 誰かに思いが伝わる瞬間は、少女漫画の一番の醍醐味だと思う。 だから俺がああやって本を売っているのは、とにかく大好きな漫画を知ってほしいからだ。 それで本が売れるのならば売ってしまえというだけの話なわけで、 それに幸いにも、俺の薦めた漫画を彼女たちも気に入ってくれてるみたいだし!
そんなわけで毎日楽しく本を売りつけている俺に、もう一つ少女漫画を売りたい理由ができてしまった。 「あ、木佐さん。」 「おっ、おお……」 女の子たちが店の外にはけていくと、ひょっこりと小柄なシルエットが姿を見せた。 「木佐さんの本、スゲー売れてますよ。」 「正しくは『売ってますよ』、だろ。」 ずいぶん前から見られていたようだ。 今日の新刊は待望の木佐さんが手掛けた本。 もちろん雑誌連載から読んでいて、俺がこの手で売る日をずっと楽しみにしていた。 「今日は売れ行きを見にきたんですか?それとも俺の顔見にきてくれたんですか?」 他の人には聞こえないくらいの声でそう尋ねる。 「……半分ずつ。」 うつむき加減にそう答えてくれる木佐さんは、今俺の世界で一番可愛い人だ。 「よかった。今日来てくれるかなって思って、部屋キレイにしておいたんですよ。」 嬉しくて思わずそう言ってしまうと、木佐さんは慌てていつもの場所で待ってるからと店を出ていってしまった。 時計を見て、シフトの時間を確認する。 残りの時間、長い30分になりそうだ。 「ども、お待たせしました!」 いつものカフェに向かうと、俺に気付いた木佐さんが小さく片手を上げた。 「雪名、お前メシ食った?」 「いや、今日はずっとバイトだったんでちょー腹減ってます。」 「ならちょうどいいや。今日は俺がおごってやる。」 そう言ってすたすた歩き始めた木佐さんを慌てて追い掛ける。 どういう風の吹き回しだろう。 「どうしたスか、急に。別にワリカンでいいですよ?」 「んー、いや、お礼っつーか……」 「お礼?ああ、新刊のことなら木佐さんの本面白いから売れるの当然ですって、」 「あー、そっちもあるけど……。」 「??」 「……いっつもお前ん家に泊めてもらいっぱなしだから、飯くらいは俺がと思って。」 赤くなる木佐さんをまじまじと見つめる。 俺と目線合わせないようにしてるけど、その表情は丸わかりだ。 「別に気にしなくていいのに。」 むしろ木佐さんが泊まりにきてくれて嬉しいのは俺の方だ。 こっちだってたいしたもてなしをしてるわけじゃない。 木佐さんが俺の部屋に来てくれて、あんなことしたり、こんなことしてもらったり、明け方には無防備な寝顔まで拝めて、それだけでお釣りがくる。 「俺が気にするんだよ。年上の面子立てさせろ。」 高校生みたいな見かけをして、実は相当俺より年上だってことも気にしてるらしい。 それじゃあ、と今日のところはお言葉に甘えることにする。 「俺、焼肉がいいです。」 「ん、りょーかい。」 木佐さんは満足気に返事をした。 「……ヤバい。焼肉とビールはマジでヤバい。」 中ジョッキを手に、木佐さんはブツブツと繰り返した。 「ハハ、確かに黄金の組み合わせですよね。」 ビールを持ったままうなっている木佐さんが可愛くて、つい笑ってしまう。 俺はといえば、肉もいいけどとにかく炭水化物とばかりに大ライスを抱えていた。 「お前みたいな食っても太らなさそうな奴にはわかんねーかもしれないけど、ビール飲みながら数年後の体型のこと考えるのホラーなんだぞ?!」 「木佐さん細いじゃないスか。あの腰周りこそヤバいって……痛っ」 木佐さんをバックから抱えるような手つきをしそうになったところで、頭をはたかれた。 「いいか、俺はどんなに童顔に見えようとも三十路なんだぞ?出るモン出てくるのも時間の問題だっつーの。」 そんな風にわめきながらも、メニューを引き寄せてジョッキを追加しようかどうか悩んでいる。 あーほんとにかわいい。 酔った木佐さんも可愛いだろうなあなんて考えてたけど、想像どおりだ。 姿だけ見てれば、まるで未成年にお酒を飲ませてるいけない大学生の気分だけど。 「木佐さん、」 「ん?」 「俺はちょっとくらい木佐さんのお腹出てても気にしませんけど、」 「けど?」 「お酒飲んで寝ちゃうタイプだったら寂しいですよ?」 「……!!」
じっと視線を合わせて1、2、3。 (あ、有効。) ボッと音が聞こえそうな勢いで、木佐さんの顔が赤くなった。 その後、消えそうな声で木佐さんが言った。 「……今日はもうやめとく……。」 「じゃあ、行きましょうか。」 にっこりと笑いかけると、こくこくと頷かれた。 木佐さんとご飯を食べるのも楽しいけど、やっぱり俺にとってはこの後二人で過ごす夜に比重が傾いてしまうわけで。 それがちゃんと伝わったようで何よりだ。
俺の部屋に着くと、振り返って木佐さんの方を見る。 「今日はごちそうさまでした。」 首を振る木佐さんに、ぐいと顔を寄せた。 「でも今度は俺にいいカッコさせてくださいね?」 「俺は木佐さんの彼氏なんだから。」
木佐さんが表情を引きつらせる前に、壁に押しつけるようにして唇を奪った。 唾液にアルコールが混じるせいか、舌も唇もピリピリと痺れる。
俺が本気で木佐さんが好きだって、どれくらい伝わってるんだろう。 100%伝わるなんて夢だろうな。 だけど、木佐さんの反応がいちいち愛し過ぎて伝えずにはいられない。
「……ニンニクくせえ」 唇が離れた後の第一声がそれだったので、とりあえずこの部屋に専用の歯ブラシを置くことを勧めてみた。
END 2010/03/29 |