「A star next to me」

 

 

七夕の思い出といえば、毎年草間園で飾っていた笹飾りを思い出す。
気付けば園で一番背が高くなっていたので、笹の高い方に短冊を飾るのはいつも俺の役目だった。
みんなの色とりどりの短冊に書かれた可愛らしい願い事を横目で見ながら俺は考えるのだ。

さて一体俺は何を書くべきか、と。

○○になりたいだとか、××が欲しいだとかいう願い事はいまひとつ思いつかない。
強いていえば園の助けになる人間になりたいと思うけれど、
そんなことを書けば先生たちに気を遣わせてしまうのは目に見えていたので、
結局「織姫」とか「彦星」とか無難なことを書いてやり過ごした。

一回だけおませで小さな女の子たちにからかわれて、俺の名前で「恋がしたい」と書かれてしまったときがある。
俺は苦笑したけれど、彼女らは七夕なんだから!と押し切ってしまった。
なるほど確かに七夕は織姫と彦星の悲恋めいた話だなあと、それを聞いてぼんやり考えるのだった。

七夕伝説は毎年毎年聞いているのでもちろん知っている。
ただ俺には少しピンとこなかった。
今までの自分の生業を放り出してまで誰かに夢中になってしまうことなんてあるんだろうかと。
だから話を聞いての感想は、それは天帝も怒るだろうとか、年に一度はちょっと可哀想だなあとか、どうしようもないことだった。

だけど今ならわかる。

例えば疲れたとき、特に職場の休憩室でぐったりしている時にはついこんなことを考えてしまう。
もうちょっとヒロさんといっしょにいられる時間を長くできる選択もあったんじゃなかな、なんてこと。
そうしたら大学生活も仕事ももうちょっとだけ余裕があったりして、いっしょに暮らしてるのに十日も顔が見られないなんてことなかったと思う。
夜は毎日ヒロさんのいる家に帰って、朝は毎日二人で出掛けて、週末は毎週デートしたりゆっくり昼までいっしょに寝たり、したいことは山ほどある。
むしろ俺が家にいる時間が増えたら、ヒロさんのために毎日ご飯を作ってあげて、いってらっしゃい、おかえりなさい、おやすみなさい、全部欠かさず言ってあげられるのに。
ヒロさんに疲れた顔なんて絶対に見せない。
俺の余裕のなさですれ違ってヒロさんを傷つけたりもしない。

ああ、今なら七夕の二人の気持ちがすごくよくわかる。
二人で毎日楽しく暮らしていけたら、何もかも手放してもいいなんて思ってしまうから。


だけど俺は選んだこの道を放り出したりしない。

ヒロさんが俺を好きだと言ってくれたから。


俺がもしヒロさんといっしょにいたいがためにいい加減な道を選択してしまったら、ヒロさんは俺のことを好きでいてくれるんだろうか。
本当のところはヒロさんに聞かなければわからないのだろうけど、きっと俺は今よりずっと不安になっていると思う。
ヒロさんともっといっしょにいたい。
ヒロさんにもっと触れたい。
そう思うのはいつものことだけど、俺の中で絶対に外してはいけない一点というものがある。

ヒロさんに俺を好きでいてほしい、ということだ。

この気持ちがある限り、俺は道を間違うことはないだろう。
天の川に引き裂かれることもないと信じている。

いつだって俺の世界の真ん中にはヒロさんがいて、ヒロさんの背中はいつでも俺の道しるべだ。

 

 

 

そんなわけで今日は七夕だ。
別に何をするでもないけど、ヒロさんといっしょにいられて夜空も綺麗に晴れているので言うことはない。

おすそわけで鮎をもらったので、塩焼きにしてヒロさんといっしょに食べた。
「たまに食べると川魚って不思議にうまいな。」
そんなヒロさんの方がかわいさの方が不思議ですと言いたいのを我慢して、一生懸命で鮎の背中にかじりつくヒロさんの健康的な歯を見つめていた。
俺も鮎の身をほぐして口に運ぶと淡白な風味が口の中で溶けた。
鮎の白い身はちょっとだけヒロさんの白い肌と似た感触がする。
手を伸ばしてヒロさんの口元をぬぐってあげたあと、その指を舐めると香ばしい塩の味がした。


「ヒロさんは、」
二人で洗い物をしながら、ヒロさんに尋ねた。
「七夕飾りの短冊って何て書いてましたか?」
お皿を洗う手をしばし止めて、ヒロさんは考え込んだ。
そして何か思いついたように、あ、と言った。

「……不言実行、って書いてたな…。」

ヒロさんらしいと笑うと、その時はかっこいいと思ってたんだよと蹴っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

2009/07/08