弘樹さんと出会う前の俺は想像力が貧困だったと言わざるをえない。 だって、弘樹さんのこの可愛さは誰が想像し得ただろう。 勢いで弘樹さんに好きだと言ってしまったとき、 本当は大学に合格してから言おうと思っていた、なんてことを口走った気がする。 それは嘘ではなく、受験勉強中にそんなことを言ってしまえば勉強が手に付かなくなるだろうし、 せっかく手に入れた先生と生徒という関係まで失ってしまうのは恐かったので、受験が終わってから告白しようと固く、けれど漠然と決意していた。 最悪、弘樹さんに嫌われなければいい。 すんなり付き合ってもらえるとは思っていなかったけど、一回拒否されたくらいではあきらめられないだろう。 自分の気持ちを言わずにはいられない。 でも弘樹さんを失いたくない。 そんな葛藤に悶々とする日々の中、事態は急展開を見せた。 まさか、弘樹さんがぽろっと俺を好きだと口にしてしまうなんていうアクシデント。 弘樹さんのその姿を見た瞬間、なるべく嫌悪感を抱かれない告白の言葉とかさりげなく弘樹さんの気持ちを聞く方法とか全て吹っ飛んでしまい、 俺に残された道はただひたすら前に押し出る、というものだった。 とにかく無我夢中で気持ちを告げた。 本当に俺は弘樹さんを見くびっていたと思う。 家庭教師をしてもらっている間に感じた『弘樹さん可愛い』。 初めて弘樹さんに触れたとき、そんなものは甘過ぎるとばかりに弘樹さんの可愛さを叩きつけられた気がする。 すぐに手を出すつもりはないと言ったらしゅんとする? 押し倒された挙げ句に自分から身体を寄せてくる? 全部、全部、予想外だ。 俺を困らせようとしてるのかな、なんてこともちらっと思ったけど、 弘樹さんが嘘をついたり気持ちを隠したりするのが苦手だってもうわかっていたから、覚悟を決めて手を伸ばした。 弘樹さんを好きになってから、弘樹さんと付き合えることになったらどうしよう、といった類のことはそれはもうたくさん考えた。 今でもその妄想の日々は思い出せるほどだ。 妄想の中ではちょっと恥ずかしいくらい弘樹さんと何でもし放題だったけれど、十回に一回くらいはふと我に帰るのだ。 俺は弘樹さんのあんなところを触ったりこんなところを撫でたりしてみたいけど、 本当に現実の弘樹さんは気持ち良くなってくれるんだろうか、と。 そればかりはどうしようもなかった。 煩悶はするけれどお互い身体を触り合うだけで満足、なんて結論には絶対ならなくて。 俺は弘樹さんと一番深いところで交わりたかった。 だけど色々考えるほどその行為は弘樹さんにとって辛いものにしか思えず、 しまいには弘樹さんには繋がらせてもらうかわりに愛撫で気持ち良くなってもらおう、なーんて勝手過ぎる決意をしていたりしたものだ。 ※
それがどうして、この可愛い嬌声。 「ぅン…っ。」 無防備な感じてる声、かわいい。 初めて弘樹さんの感じてる声を聞いたとき、俺も驚いたけど弘樹さんもびっくりした顔をしてた。 自分の身体のこんなところが気持ち良いなんて知らなかったってことだろうか。 俺だって知らなかった。 もしも知っていたら、もっと早く俺は自制がきかなくなっていただろう。 とにかく俺は弘樹さんが気持ち良くなる場所を探るのに夢中になった。 俺の指の動きに合わせて形をかわいく変えてゆく胸の先を弄んでいると、弘樹さんは自分から腰を押しあててきた。 無意識であろうおねだりに思わず笑みがこぼれる。 指先に力を入れると眉根を寄せて背を仰け反らせた。 「弘樹さん、こっち自分で触って……。」 弘樹さんの手をつかんで彼の胸元まで持ってこさせる。 手のひらを開かせて、その人差し指で自分の胸の先を触らせた。 「や…ッ。な…に…。」 俺は自分の手をスライドさせて別の場所へと向かわせた。 戸惑うような弘樹さんの表情。 少しの逡巡を見せたけどすぐに目をつむって一生懸命手を動かし始めた。 気持ち良いですか、なんてわかりきったことを聞くようないじわるなことはしない。 その代わり目蓋に唇を落としてちゃんと見てますよ、のアピール。 俺の感触に少し目を開けた弘樹さんは、頬を赤くしたけど指の動きを止めなかった。 俺とこんな風になるまで、自分のココを弄って気持ち良くなったりしたことありますか? たぶん俺も弘樹さんも色々な反応が初めて過ぎてびっくりしていると思う。 好き過ぎていじわるしたくなるなんて気持ち、初めて俺は知った。 俺のことをあれだけ怒鳴りつけた家庭教師の先生は、今では寝室でとても可愛く俺のお願いを聞いてくれるのだ。 どちらかといえば弘樹さんは硬派な方に分類されると思う。 付き合い始めたからといって急にベタベタしてくれるようなことはなくって、話し方もちょっとそっけないところも乱暴なところもそのままだった。 いっしょに暮らし始めた頃が最高にそんな感じで、 まだそれを全て照れてるだけとか素直になれないとかで片付けられるほど自信がなかったから、すれ違いの末弘樹さんを傷つけてしまったこともあった。 それでも少しずつ弘樹さんは自分の気持ちを教えてくれるようになったので、 (それはケンカのあとだったり酔ったときだったり) だから今ではもう弘樹さんのどんな態度を見ても愛しくて仕方がない。
不機嫌そうな顔を見せてても、その中にはいちゃいちゃしたいとかもっとキスしてとか、 素敵なものがいっぱい詰まっているのだと信じられる。 「野分…、ぁ…い…。」 『い』は『気持ち良い』の『い』。 「も…、野分…っ。」 『も』は『もっと』の『も』。 そんな風に弘樹さんの零す声をどんどん自分に都合やく変換して熱を高めていく。 しがみついてくる弘樹さんの身体も、それを一ミリも離すまいとする俺の身体も、 お互いに発熱させあってそれをまた交換しあって、火照りは全然発散していかない。 この熱の分だけ俺は弘樹さんが好きで、弘樹さんも俺が好き。 そんな自惚れをしてもいいんだろうか。 いつか弘樹さんに調子に乗り過ぎだと叱られるかもしれないと思っている。 だけど弘樹さんは叱るどころか、その可愛らしい態度で俺を調子付かせる一方で。 「…好きです、弘樹さん。」
弘樹さんはこくんと一つうなずくと、ぎゅうと抱き締めてくれた。 これだから俺は止まれない。 ※
散々汚してしまった弘樹さんのベッドシーツを洗濯していると、起き出した弘樹さんが足音を立てずにやって来た。 俺に洗われてるのが恥ずかしいのか、うつむいたまま何も言わない。 そのまま二人で洗濯機が回る音を黙って聞いていた。 全自動の洗濯機が洗い終わりの電子音を鳴らすと、弘樹さんは遠慮がちに言った。 「…俺も手伝うし。」 じゃあいっしょに干しましょう、と二人でベランダへ向かった。 窓から差し込む光はすでに日中の日差しを思わせた。 「枕カバーとかお前のシーツも洗えばよかったな。」 「そうですね。」 二人がかりでシーツを干したあと、俺はコーヒーを、弘樹さんはカップスープを向かい合って飲んだ。 この組み合わせだと猫舌の俺にとってペースがちょうどいい。
「昼飯俺作るけど、なんか食べたいものあるか?」 思いついたように弘樹さんに尋ねられた。 「うーん、暑いから素麺とか。」 「…それだけか?」 あれ、何だか凄まれてしまった。 「他に何かないのかよ。」 「えっと、弘樹さん素麺嫌いでした…?」 おそるおそる聞き返すと、弘樹さんは急に真っ赤になった。 今の会話で照れるところは…と考えていると、弘樹さんは観念したように言葉を続けた。 「お前…、自分のハードワークさわかってんのかよ…。素麺だけじゃ夏バテするだろが…。」
呆気にとられる俺をよそに、だからもっと何か言えよと弘樹さんはボソボソ文句を言った。
こうやって弘樹さんは無自覚に俺を喜ばせてしまうんだ。 気付いてないんだろうなあ。 「ありがとうございます。でも昨日弘樹さんにいっぱい触れたから、すごく元気です。」 言い終わらないうちに殴られたけど、俺の顔は緩みっぱなしだ。 弘樹さんと出会って俺の想像力は弘樹さんに関して飛躍的にパワーアップしたけれど、 弘樹さん本人の可愛さはそれを以てでも驚かされるばっかりだ。 かわいいかわいい弘樹さん。 俺のイマジネーションなんかじゃ全然追いつかない。 明日その先もきっと驚かされ続けることだろう。 弘樹さんの気遣いが嬉しかったので、そしたら鰻とか精のつくものにしましょうかと言ったらもう一回殴られた。 END 2009/06/27 |