「きんようびのこども」

 

 

「弘樹、その本前にも読んでなかった?」
「好きな本なんだよ。何回読んでもいーだろ。」

五時間目の体育が終わると、俺と秋彦はさっさと着替えて図書館へ向かった。
体育の時間は水泳だったから、俺たちの髪はまだ濡れてて、
その髪に感じる図書館の窓からの風がすごく気持ちいい。
俺が一番窓際の席に座ってて、その隣に秋彦が座ってる。
別に向かいの席に座っててもいいんだけど、なんとなく隣に座っててくれた方が落ち着く。
教室の席でも隣だからだろうか。

とにかくいつも俺の隣は秋彦だった。

気付けば隣にいる。
いるだけで、別に話し掛けてきたりするわけじゃない。
話をするのは決まって二人おんなじことを考えてるときだ。
俺がふと何かに気が付いて秋彦に何か言おうとすると、先に秋彦がそのことを言いだしたり、
その逆のこともけっこう多かった。
クラスの他のヤツに、いつも秋彦と何を話してるのか聞かれたこともあるが、
秋彦としゃべるために何について話したらいいかなんて考えたり、そーいうことはないと思う。

うまく言えないけど、俺たちがいっしょにいるときに偶然おんなじものが見えて、
あいつも見えたかな?って目を見合わせるような感じ。
いつもそんな風に俺と秋彦の時間は過ぎていくような気がした。

俺が特別に秋彦と仲良くする素質があるとかそんなことは思わないけど、
あいつと俺はたぶんいつも似たようなものが見えてて、俺はひそかにそれが嬉しかったりする。
絶対に口には出さないけど、そんなのを『特別な友達』って呼ぶんじゃないんだろうか。

俺は秋彦の特別な友達。

不思議にドキドキする言葉だ。


そんなわけで、俺の肩にさわりそうな位置に大体いつも秋彦の肩があって、
振り向いたり立ち上がったりすればすぐに秋彦の気配を感じた。
今日も秋彦の髪が午後の日差しに光るのが、本の文章を目で追っていても視界の端に感じる。
自分の部屋で本を読んでるときよりも秋彦の隣で読んでるときの方が、ページの進みが遅いような気がした。

次に読む本を向こう側の本棚から探すふりをして、秋彦の様子を盗み見る。
なんつーまつ毛の長い。
普段は聞き分けのよさそうな優等生みたいな顔をしてるけど、
こうやって一生懸命ページをめくってるときはちょっと可愛い顔になるよなーと思った。
俺も本が好きだけど、こいつもやっぱり好きなんだなあ。

…なーんてちらちら秋彦の方を見てたときだった。


「な…、なに?」


これは俺の視線に気付いた秋彦の言葉ではなかった。
突然俺の方を向いた秋彦が俺の髪に手を入れてきたのだ。

「ちょ、秋彦、なんなんだよ…っ。」
「いや、お前の髪なかなか乾かないなーと思って。」

そう言われれば秋彦の髪はもうちゃんと乾いてて、さらさらとなびいてる。
でも俺の髪はまだ湿り気が抜けなかった。
「だ、だからって何で俺の髪いじってんだっ!」
「んー、梳いてた方が早く乾くかなって。」
弘樹は気にしないで本読んでれば、と秋彦は手の動きをやめなかった。

…ばばばばバカヤロー!!!
お前にそんなことされながら、へーじょーしんで本なんか読めるか!!

俺よりちょっと大きめの手が、俺の髪の毛先をもてあそんだり、
髪の根元から手を入れて頭を撫でるように櫛梳いたり、
まだ濡れてて敏感な髪に秋彦の指の感触を感じるたびに、俺の背中はゾクゾク震えた。
「寒いの?」
「あ、ああ、ちょっと冷えたかもな。はは…。」

寒いんじゃねーよ!
なんか知らないけどお前の手にさわられるとゾクゾクするんだよ!!

「寒いんならこれ貸してあげる。」
秋彦はそう言うと、自分の上着を脱いで俺の肩にふわりとかけた。
その瞬間、俺を包み込む秋彦のにおい。
やばい。
秋彦ってこんないいにおいしてたっけ。
なおも秋彦は俺の髪に手を伸ばしてくるけど、その動きは完全に俺の頭を撫でる動きだ。
肩には秋彦の上着、頭には秋彦の手。
四方を秋彦で固められて身動きのできない俺はまるで罠にかかった魚だ。

きわめつけにぴたりと額に秋彦の手が当てられた。
「顔赤い。熱あるんじゃない?」
そう言われるあいだにも、秋彦にさわられてる部分の体温がどんどん上がってく気がした。
「弘樹はけっこう寒がりなんだから、ちゃんと気を付けた方がいいよ。」

全部、お前のせいだーーー!!!

…と叫びたいのをこらえて、精一杯つぶやいた。
「俺は悪くない…。」

それが俺の最後の言葉となり、気付いたら保健室で眠っていた。



「別に熱はないって保健室の先生言ってた。」

俺の寝ているベッドの脇にいた秋彦が声をかけてきた。
こいつが保健室まで連れてきてくれたんだろうか。
熱やら何やらは全部こいつのせいだけど、ちょっと悪かったな、と思う。
「水泳得意だからって、体育の時間にはりきり過ぎて疲れたんじゃない?」
「ん、そーかもな…。」
あんまり頑張り過ぎるな、と秋彦が頭を撫でた。
今度は不思議と体温が急上昇したりせず、秋彦の冷たい手の感触に身を任せていた。
と、その時。

「そうだ、宇佐見くーん。上條くんの首元ゆるめてあげてくれる?」

奥から保健室の先生が秋彦に声をかけた。
…てゆーか、先生は秋彦に俺にナニをしろって言った?
はーい、と秋彦は優等生な返事をし、俺のタイを引き抜きにかかった。
「わっ、ちょっ、秋彦何をするっ!」
「いや、シャツゆるめるから…。」
あっけなく俺のタイは引き抜かれ、秋彦の指が俺のシャツのボタンを一つずつはずしていった。
「二つ!二つ目まででいいから!」
「だって、寝苦しくない?」
「ない!!!」

秋彦に服を脱がされかかっている。

その状況を認識したとたん俺の脳はスパークした。
またもピンチ、俺の心臓!
秋彦の手から逃げるようにして布団を頭からかぶると、布越しに秋彦の声が聞こえてくる。

「窒息するよ?」
「…ちっそくのほうがまだマシ…。」



結局俺たちが保健室を出る頃にはもう夕方になっていて、いつもの帰り道をいつものように二人で歩いた。
当然俺の髪はすっかり乾いてしまった。
そのかわり誰かのせいですっかりボサボサだ。

「なあ、お前今日俺が保健室で寝てたことウチの親に言うなよ。」
「なんで?」
「色々メンドーだろ。」
「わかった。でも弘樹もあんまりムリするな。」
「…わかった。」

そのかわりお前もしんどいときにはちゃんと俺に言うんだぞ。
秋彦にそう言ってやると、はにかんだように少し笑ってうなずいた。


家の前で手を振ってわかれると、屋根の上に広がる夕焼けを見上げた。
たぶん明日は晴れると思う。

一日の終わりに秋彦の笑顔を見られたときは、次の日はいつでも晴れになるんだ。

 

 

 

 


END

 

 

 

 

2009/05/06