「恋は重力加速度」

 

 

珍しく仕事が早く終わったので、レンタルビデオ屋に寄って映画を一本借りてきた。
まだ白黒の時代の古い作品だ。
のんびりしたい気分だったからこいつを見ながら甘めの酒でも飲むことにする。
どうせ部屋に帰っても野分はいないので、テキトーに飯を済ませてリビングの明かりを消し、映画鑑賞モードに入った。

映画が終わる頃には野分は帰ってくるだろうか。
…いや、たぶん帰ってこないよな。
それなら風呂は見終わった後でいいか。

ちび、と缶チューハイに口をつけると流れていたCMが終わり、本編が始まった。

オープニングでは鳥がさえずるような歌声の主題歌が流れる中、主人公の女優が街を歩いていた。
まるで赤毛のアンのような格好で現れた彼女は、重たそうな帽子を脱ぎ捨て、長い髪をばっさり切ってボブにし、
足首まで隠れそうな長いスカートをミニスカートにはきかえ、
おとなしそうな靴からかかとの高い靴に変え、首には大粒のパールのネックレスを掛け、
しまいには下着で胸を寄せて、主題歌が終わる頃には見事なモダンガールに変身していた。

こうして立派なモダンガールに変身した彼女があれやこれやと活躍するわけだが、
その後映画を見ていても、ミョーにこのオープニングが頭から離れなかった。

 

さあ スカートの丈を短くして 髪はボブにしましょう

男の子がキスしやすいように かかとの高い靴を

 

そんな風に歌う歌声を聞けば、思い出すのは身体を屈めて唇を寄せてくる野分の姿なわけで。
俺の肩に手をかけ、あるいは俺の顔を両手で包み、二人の間に未知の引力がはたらいているんじゃないかと思うくらいのキスを仕掛けてくる。
背の丈を持て余した野分が若干苦しそうな体勢になることがままあるので、
そういうときはつい情け心がはたらいてしまい、まあ、そのまま押し倒されてやる、というわけだ。
断じて雰囲気に流されやすい気質なわけではない。

野分と俺に身長差ができるのは仕方のないことだ。
10:0でバカでかいあいつが悪い。
俺くらいが成人男性の平均だろう。

男の俺がそうなのだから、もしも野分に彼女なんぞがいたら、その身長差はさぞ大変なことになると思う。
女の子だったらその身長差を埋めるべく、かかとの高い靴をはくに違いない。
可愛らしい靴は背の高い彼のために!
思わずそんなツーショットをクリアに思い浮べてしまった。
野分の隣には可愛らしい女の子。

ちょっとイラッとした。

いつも言ってることだが大体可愛いってなんだ、可愛いって。
つまらない想像についつい俺の思考は八つ当りの方向へ行き始め、足元のクッションを蹴飛ばした。
少し背が高いからって、大の大人の男を可愛い可愛い言いながら押し倒していい理由になるのかよ。
毎回毎回のしかかられてみろ、文学部の俺ですらいやでもこの世の秩序は物理だと思っちまうだろう。

高い位置にある方がエネルギーが大きい…みたいなことを中学だか高校で習った記憶がある。
位置エネルギーとかいったか。
あいつはきっとそのエネルギーを利用して俺に恥ずかしいことを仕掛けているに違いない。
俺の持っていない力によって俺は野分に翻弄され続けるのだ。

ニュートンまで味方につけたあいつに俺は焦らされ鳴かされその挙げ句、

…その挙げ句に離れられなくなっていくわけか。



「あれ、どうしたんですか?部屋真っ暗にして。」

映画も終わったことだし風呂入って寝るか、と思ったところで野分が帰ってきた。
野分は部屋の電気のスイッチを押した。
スイッチは野分が押すときは胸の高さにあり、俺が押すときは肩の高さにある。
さっきの八つ当りをまだ引きずっていた俺は、野分に飛び掛かりソファーに押し倒した。

「えっと…、ヒロさん…?」
「俺は位置エネルギーは持ってねーけど、世の中には運動エネルギーってもんもあるんだからな!」

ぽかんとした表情の野分を見て、少し満足した。
マウントポジションをとったところで溜飲を下げる、つもりだった。
だが呆気にとられた表情を見せたのも束の間、みるみるうちに満面の笑みへと変わっていった。

「意味はわからないですけど、とりあえず煽られました。」
「は?…ってテメ、どこ触って…」

「ヒロさんは運動エネルギーが有り余ってるって解釈でいいですか?」

にっこり、かつがっしりと俺の身体を捉えた野分はアルコールの入った俺のタックル程度で太刀打ちできる相手ではなかった。

 

 

やはり俺と野分の間には妙な引力がはたらいているらしい。

だってそれから一晩中野分から離れられなかったなんて、
そんな馬鹿な話、あっていいわけないだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 


END

 

 

 

 

 

 

2009/03/10