あー…。 …はい、…はい。 …マイクが低過ぎるな…。 えー、先程ご紹介にあずかりました新郎の友人の宇佐見秋彦と申します。 恥ずかしながらこのように大勢の方の前でお話をするのはあまり得意ではないのですが、 二十年来の付き合いとなる親友の新しい門出ということで、 簡単ながらお祝いの言葉を述べさせていただきたいと思います。 まずは上條くん、いや、弘樹。 結婚、本当におめでとう。 私と上條くんは小学生の頃からの付き合いで、いわゆる幼なじみです。 家が近所ということで、上條くんとは家族ぐるみでお付き合いをさせていただきました。 とくに上條くんのお母様には大変よくしていただいて、今でも感謝しております。 上條くん自身も、転校してきたばかりの私を何かと気に掛けてくれました。 私も上條くんも無類の読書好きで、意気投合して現在までその付き合いが続いている、というわけです。 私は現在ありがたいことに小説を執筆することを仕事にしておりますが、 こうして好きな小説を今書いていられるのも、彼という友人がいたからこそかもしれないと思っております。 私が駆け出しの作家の頃には、彼にはよく作品を読んでもらい的確なアドバイスをいただいたものです。 親友としても、また読者としても、二人と得難い友人を持てたことを幸せに思っています。 今でも創作活動に息詰まったときには上條くんに相談に乗ってもらうこともしばしばです。 二人でお酒を飲みながらとりとめのない話をしながらインスピレーションが湧くといったことも少なからずありました。 彼は酔うと決まって彼の隣に座っている…、 …はい、その通り。 草間野分くんの話をしてくれたものです。 ええ、お察しの通りのろけ話です。 …はい、草間くん、しっかり新郎を押さえておくように。 失礼しました。 実は上條くんとお付き合いを始めた頃から草間くんとは面識がありました。 初めて彼と会ったときにはまだ大学入学前だったと思います。 当時の彼はまだ幼さの残る容貌をしていましたが、 今日の晴れ姿を見てとてもたくましくなったと頼もしく感じています。 世間は君たちにやさしいことばかりではないと思うけれど、 今までたくさんの苦労を乗り越えてきた分だけ幸せになってください。 君が思っている以上に上條くんは君を深く愛しています。 …新郎、暴れないように。 もちろん私はほんの一部を聞いているに過ぎませんが、 上條くんが草間くんと結婚に漕ぎつけるまで幾多の苦労があったと聞いています。 上條くんは強い人間ですので、めったなことでは他人に弱いところを見せようとしません。 それでも私と飲みに行くときなどは気が緩むのでしょうか、恋に悩む姿を見せてくれました。 彼に会えなくて寂しいだとか、どんなに彼が自分を大切にしてくれるかだとか…。 私としてはそれを直接彼に伝えてあげれば良いと思うのですが、こういうところは妙に奥手なのでしょう。 しかし草間くんは上條くんのこんな性格を含めて全てを包み込んでくれる懐の深さを持っていると思います。 何しろ上條くんから聞く話の数々は、ほとんどが彼の自業自得…。 …ん?どこまで知ってるのかって? 留学の話だろ、風邪引かせた話だろ、あとは俺の目の前でもめてたときとか風呂に入るとか入らんとか、 引っ越し、バレンタイン、ご両親への挨拶、プロポーズ、婚約指輪騒動、新居、昇進、転勤、クリスマス…。 …お前が言えと言ったんだろう。 そうだ、全部お前がベラベラしゃべったんだ。 コホン、失礼。 とまあこのように二人の間には様々な試練があったようですが、それでもこの二人は付き合い始めてから十年以上続いた仲です。 恋愛にトラブルはつきものですが、 これほど長く付き合いが続いたということが二人の絆を示しているのではないでしょうか。 今日から家族となったあとも末長く幸せな家庭を築いていくことと思います。 最後に、人生には三つの大事な袋があると申します。 お袋、胃袋、堪忍袋です。 まず一つ目ですが、上條くんには素敵なお母様というかけがえのない存在があります。 あまり暖かい家庭というものに縁のなかった私に、 初めて暖かな家庭というものを感じさせてくれた方でもあります。 上條くん、草間くん、どうぞお母様を人生の先輩として見習い、大事にしてあげてください。 二つ目の胃袋ですが、私も少々料理を嗜むのですが、 日々の生活での食事というものは非常に大事だと考えています。 上條くんが料理が得意だという話は聞いたことがないのですが、草間くんの料理の腕はなかなかのものだと聞いて安心しています。 上條くんは学生時代から草間くんの手料理ふるまわれていたそうですが、 そのあたりでも上條くんは彼にしっかりとハートをつかまれていたのでしょう。 私も仕事柄、不摂生な生活になりがちですが恋人の作ってくれる温かい手料理にはいつも元気をもらっています。 …すみません、私も彼ののろけ癖が伝染ってしまったようです。 最後に堪忍袋ですが、弘樹、これに関しては俺ははなはだ心もとない。 今でもこうして主役のくせにガタガタと落ち着かない。 とにかくこれについて俺が言えるのはただ一つ。 彼を好きだという気持ちに自信を持つことだ。 草間野分くんという素晴らしい青年を人生の伴侶に選んだことを誇って生きていってください。 あらためて上條くん、草間くん、おめでとう。 …弘樹?顔色が悪いぞ。 まだまだ話したいこともたくさんあるのですが、あまりお時間をいただくわけにはいかないので、 簡単ではありましたが、これにてお祝いのスピーチとさせていただきます。 END 2009/02/26 |