「純情少年探偵団」

 

 

『弘樹くん、いっしょに火星へおいでよ。』

弘樹がいつものようにぐっすり眠っていると、突然まばゆい光に包まれました。
さっき眠ったばかりなのに、もう朝になるはずがありません。
それなのに何故こうも明るいのでしょうか。
強く白い光に照らされた弘樹はだんだんと恐ろしくなってきました。
(何か大変なことでも起きたのだろうか。)
そう不安に思った弘樹はお父様とお母様を呼びに行こうとして、たいへん驚きました。

なんとそこは地上をはるか真下に見下ろす、東京タワーのてっぺんだったのです。

ちかちかとゆらめく街のネオン。
まっすぐに地上に伸びたタワーのどっしりとした鉄骨。
一度ならず東京タワーにきたことがある弘樹にはすぐにわかりました。
どうして弘樹はこのようなところへ連れてこられてしまったのでしょう。
また、どうやったらここからお家へ帰ることができるのでしょう。
弘樹の不安はますますつのるばかりです。

どうしたらよいかわからず弘樹がきょろきょろしていると、誰かが手を差し伸べてくれました。
こんな時間でもまだタワーには人が残っていたのでしょう。
大人の人だったら弘樹を家まで連れていってくれるかもしれません。
おそるおそる弘樹がその人物を見上げると…。

にょろりと長い手が何本も丸い胴体からのびた、それは人間ではありませんでした。

「お前は…!!」
弘樹は驚きのあまり、へなへなと腰から崩れおちるように座り込んでしまいました。
あのまるでタコを大きくしたような姿かたちは、まぎれもなく火星人です。
火星人が弘樹をこのようなところまで連れだし、しかも火星へと連れてゆこうとしているのです。
そのような恐ろしいことがあってよいのでしょうか!

長い手足を這わせるようにして、火星人は弘樹のほうへ忍び寄ります。
弘樹は後ずさりすることしかできません。
そのうちにもう逃げられないところまで追いつめられてしまいました。
しかしここで追いつかれてしまえば、火星まで連れてゆかれてしまうかもしれないのです。
弘樹は勇気を振り絞って立ち上がりました。
火星人を倒すことはできなくても、一瞬の隙をついて逃げ出すことはできるかもしれません。
「俺みたいな子供をさらってどうするつもりだ!この宇宙人め!」
勇ましく弘樹は言い放ちましたが、火星人はゆっくりと近づいてくるだけです。
こうなれば一か八か体当たり、と弘樹は火星人の大きな体にぶつかっていきましたが、ぐるりと長い腕に絡みつかれてしまいました。
これでもう弘樹は身動きがとれません。

ああ、このまま弘樹はお父様やお母様や友達と離ればなれになって火星へ連れてゆかれてしまうのでしょうか。

手足を必死に動かして逃れようとする弘樹に、火星人が恐ろしい声で言いました。
『心配することはないよ。これから楽しいところに連れて行ってあげますからね…。』

火星人の大きな目に見つめられながら、弘樹は心の中で大声で助けを求めました。
(助けて…。助けて、秋彦ーーーーーー!!!!)



「…なにこれ。」
「いや、先日昔の持ち物を整理していたらノートが見つかってだな。」

近所のカフェで秋彦と世間話をしていたのだが、急に秋彦が一冊のノートを渡してきたのだ。
その古ぼけたノートを見ると、未だに少しだけ胸が苦しくなる。
「二人だけの秘密」と称して、秋彦が書いた小説をうきうきしながら読んでいた幼い日々。
その十数年後、俺と秋彦の間に何があったかを思い出すと幼い日の自分たちに後ろめたい気持ちになったりもするのだが。
(でも…、これはこれでいいよ…な?)
秋彦とずっといっしょにいたいという純粋な思いはきっと叶えられることだろう。
…親友として。
これからもずっと俺は秋彦の小説を素直に読んでやれるはずだ。

「俺の書いたものはたいがいお前に読んでもらって感想を聞いてたはずなんだが。」
「ああ、全部読んだ。間違いない。」
「ただ、それだけはお前の感想を聞いてないような気がしてな。」
こいつ、小学生の俺が言ったこと全部覚えてやがるのか!?
小学生の俺が聞いたら喜ぶことだろうが、今の俺にとったら寒気がするような事実だ。

とりあえず秋彦の書いたもんは全部読んだという自負があるので、そのノートを受け取り目を通したのだった。

「…アホか、てめーは!!!!!」
「……は?」

一通り読んだ俺は他の客の目も気にせず、秋彦を怒鳴りつけてしまった。
いや、しかし仕方がない。
だってこいつの書いたものときたら。
「こんなえげつない話、小学生の俺に見せんな!つか小学生がこんなの書くな!!」
秋彦はきょとんと俺のほうを見ている。
…あ、ちょっと昔のヤツに戻ったみてー…。
ってそうじゃなくて。
「おい、なんとか言え!」

「思い出した。」

今度は俺がきょとんとする番だった。
「お前に昔それ渡したら、最初の3行くらい読んで今みたいに泣き叫んで逃げ出したんだった。」
「はあ?」
「いやー、悪い悪い。だから感想聞いてないんだな。思い出した。」
一人で納得する秋彦だが、俺はどうやっても納得がいかない。
泣き叫んだ?俺が?
そういやそんなことあったような気もしないでもないが…。
いや、昔の俺ならやりかねない。
だって小学生の俺にこんなオソロシイ話耐えられるわけがない。

「あの時の弘樹の反応が今とまったく同じだったから完全に思い出せた。すっきりしたよ。」
「待て、勝手にすっきりすんな!」

お礼に今日は俺がおごろうと颯爽と立ち上がり、他の女性客の注目を一挙に浴びながら立ち去る秋彦。
小学生みてーに叫んで怒鳴って、取り残された俺。
なんという天中殺。


イライラしながら家に帰ると、のんきな笑顔の男がおかえりなさいと顔をのぞかせたので気分が少し晴れた。
我ながら単純だが、そんなことは小学生のときから知ってることだ。

「ヒロさん、なんですかこれ?心中ごっこ?」
「違う!断じて!…あー、健康法だ、健康法の一種!」

とりあえずその夜は念のため、野分と自分の手首を紐で結んで寝ることにした。
これで万が一東京タワーに連れ去られても野分がいっしょ、という寸法だ。

俺の見込んだ男だから、火星人くらい倒せるスキルを持っていると信じている。

 

 

 

 

END

 

 

2009/02/03