「共有」

 

 

吉野の部屋の合鍵を取り出して差し込み、ドアノブを回す。
部屋の中には誰もいなく、薄暗い。
しかし今日はこの部屋の主がいないことは知っていたので、構わず中に入り目についた脱ぎ散らかしてある吉野の服を拾った。
俺が来ることを想定して散らかしてあるのではないだろうが、吉野の頭に『俺が来るから部屋をきれいにしておく』という考えが浮かぶ日はやってこないのだろうな、と思った。
ソファーの背にひっかけてあるジャージとバスタオルをまとめて洗濯機に放り込み、テーブルの下を探すと予想通り靴下が脱ぎ捨ててあった。
(一足分そろってるだけマシ…と思うか)
他にも洗濯するものはないか一通り部屋を見回したあと、洗濯機をスタートさせた。

「さてと」
とりあえず掃除機をかけるのは後回しにして、冷蔵庫の中身をチェックすることにした。
賞味期限切れのものを食べて腹でも壊されたら困る。
ここへ来る途中買い物もしてきたので、捨てた方がよさそうなものは捨て、買ってきたものと入れ替えることにしよう。
冷凍庫をあけると食べかけのまま再度凍らされたアイスクリームが入っており、これを捨てたら吉野は怒るだろうかなどと考えていると、玄関のチャイムが鳴った。

「……千秋は」
「いない」
「お前は何してんの」
「………」
掃除と洗濯をしていた、と答えたくなくて無言でいると、柳瀬は用事があるからといってずかずかと部屋へ上がりこんだ。

吉野は実家に用があって今日は帰ってこないと教えると、それでも構わないと言われた。
まるで家主のような顔で俺がこの部屋にいるのが気に入らないようで、まるきり不機嫌といった顔をしている。
柳瀬は吉野の部屋に忘れ物をしたらしく、作業台の周辺をきょろきょろと探しまわっていた。
別に見守る義務もないのでキッチンに戻ると、あっさり探し物を見つけた柳瀬が俺に声をかけてきた。
「千秋がいないのに家事に励むとはご苦労さまだねえ」
「余計なお世話だ」
「飯、俺が作ってやろうか。どうせ掃除もしたいんだろ」
耳ざとく洗濯機の音に気付いた柳瀬はそんなことを言う。
本当は早く帰れと言いたいところだが、自分のことを棚に上げてにそう言うのは狭量な気がし、言うことができなかった。
少し迷ったが黙って場所を柳瀬に譲ると、勝ったような表情をして柳瀬は腕まくりをした。
(仕方がない。お言葉に甘えて掃除することにするか)
買ってきた食材を使われるのは不本意だが柳瀬と並んでキッチンに立つ趣味はないので、おとなしくリビングから仕事場の掃除をすることにする。
BGMに柳瀬の包丁の音を聞きながらというのは気に入らないけれど、くだらない喧嘩をするよりはいい、と自分に言い聞かせた。





「どう?味薄い?」
「そこはうまいか聞くもんじゃないのか」
「うまいのは知ってるからな」
掃除を終えると、なぜか柳瀬と向かい合って食卓を囲むことになった。
他人の家で好き勝手していることを吉野は咎めたりしないだろうが、妙なことになってしまったもんだ、とため息をつく。
柳瀬の料理はやはり薄味だが普通に旨いと思った。
醤油に手を伸ばすと、柳瀬が呆れたように言った。
「そこまで塩辛いのがいいって味覚障害じゃねーの。亜鉛とか摂れば?」
「別に普通だろう」
「男性機能にもいいって言うし」
「人の話を聞け。というかお前にそんな心配してもらう必要はない」
不愉快さを隠さずに言うと、柳瀬は薄く笑った。
「何?千秋なら心配してくれるって?」
「………」
俺が返事をしないとわかると、柳瀬はぺらぺらと一人でしゃべり始めた。





お前ってほんとすごいな、尊敬するよ。
千秋がいないのに掃除して洗濯して、どうせ飯も作ってやるつもりだったんだろ。
ずっとそうしてきたの?片思いの頃から?
千秋がお前に依存していく姿見るのは楽しかった?
……俺は、お前のそれを愛とは認めないよ。
執着だ。
お前の千秋への執着は、おかしい…狂ってる…。





気付くと箸を置いて声を震わせている柳瀬を見ながら、不思議と俺は冷静な気持ちだった。
(そんなこと、俺が一番よく知っている)
自分が狂ってると思ったことなんて、一度や二度じゃない。
いくら世話を焼いたって、こんな人間が吉野の側にいること自体が害ではないかと考えたこともある。
だから柳瀬がそう思ったとて、何もおかしくはない。
おかしいのは俺の方なのだ。



「それが何だ?」
「……羽鳥?」
「今さらお前に指摘される間でもないことだろ」
「お前は……」


箸を動かすのを止めずに淡々と柳瀬の飯を食べ続けると、気味悪そうな目で柳瀬が俺を一瞥し、かきこむようにして食事を再開した。
食後にコーヒーでもいれようかと言うと、いらないと言って柳瀬は帰っていった。






どちらも吉野のことが好きだから、俺と柳瀬は馬が合わないのだと思っていた。
だが最近気付いた。
吉野が好き、ということよりも、それに伴う俺の醜さを一番よく知っているので柳瀬は俺を嫌悪するのだろう。
そして、俺はその感覚が正しいことを知っているので柳瀬を拒絶する。
たぶんそういうことなのだ。

(こればっかりは吉野には打ち明けられないな)
一生、墓場まで持っていく秘密があるとすればこのことだと思う。
これ以上吉野を傷つけたくないから。




二人分の食器の後片付けをしながら、それでも、と思う。
この秘密を自分一人だけで抱えるはめにならなくてよかったのかもしれない、と。
柳瀬に狂っていると指を差されることで、俺はある種の安心感を覚えている。



柳瀬の作った料理の味を思い出し、そういう意味では俺と柳瀬は友人と呼べるのかもな、と慰めにもならないようなことを考えた。







 

END

 

 

2013/01/15