「俺、『運命の人』って言葉がこんな実感を伴って自分の身で感じられるなんて思ってませんでした。」 俺がベッドでぐったりしているのをいいことに、野分がまた恥ずかしいことを言い始めた。 いつもなら殴ってやめさせるところだが、さっきまで散々色んなところを舐められ吸われ、 しつこく抜き差しを繰り返されて、突っ込む元気もないというものだ。 俺の頭は野分の腕枕の上。 野分の手が穏やかに俺の体を撫でまわし、 今の俺はまさにまな板の上の鯉(完食済み)。 「あのロケットがヒロさんのところに落ちなかったら、俺は一生ヒロさんを知らないままだったと思います。」 さすがにあの時のことは俺も覚えている。 ロケットを探しに、泣いている俺の前へ飛び出してきた男。 俺だって、あの時野分に会わなかったら、なんてことを考えたりもする。 その場合、野分より俺のほうがきっとずっと惨めなことになっていたはずだ。 あの時俺は何を考えていた? (…俺だって幸せになりてーよ、か。) それが今じゃ他人の幸せを願うことができる。 これってどういうことだ…? 幸せ、という文字が俺と野分の間をふわふわ漂っていった気がして、 俺はぶんぶんと頭を振った。 「なんでロケットなんか飛ばしてたんだ?」 「確か宇宙飛行士になりたかった山さんのためにやったんだったと思います。」 そういやそんなことをあの近所の社長連合から聞いたような。 「お前まだあの人らと会ったりしてるわけ?」 俺と会う前の野分は今ほど忙しい生活ではなかったからあのオッサンたちと集まることもできたんだろうが、今じゃ無理だと思う。 「あ、山さんにはこの前病院で会いましたよ。尿酸値が高いって言ってました。」 そりゃあ知り合いにビール会社社長がいたら尿酸値も高くなることだろう。 「久しぶりに会ったからか、すごく変わったって言われたんですよ。あと今幸せかって聞かれたので、『大好きな人といっしょに暮らしているのですごく幸せです』って言ったらとても喜んでくれて。」 「ま、まさか俺のこと話したんじゃ…?」 「あ、余計なことは言ってないので大丈夫です。」 オッサンたちも、まさかあのT大生が、野分と今全裸でベッドで寝ているとは思うまい。 奇縁にもほどがある。 すると何? あのオッサンたちが俺らの出会いを運んできた天使…? 思わず俺の乙女な思考回路が決壊した。 「俺とヒロさんが結婚式あげるんなら仲人は山さんに頼みましょうか。」 俺は持てる力を振り絞って野分の頭にチョップを食らわせて、布団にもぐりこんだ。 その夜に見た夢は、宇宙旅行のハネムーン。 青く輝く地球を見下ろしながら、宇宙服ごしに誓いのキスをする。 手を取り合ってシリウスを目指したところで、宇宙船の警告音が鳴り響いた。 ブラックホールに向かって投げ出される俺に、野分の両腕が差し伸べられる。 バカヤロウ!お前までいっしょに落ちるぞ! 大丈夫です、どこまでもヒロさんといっしょに行きます。 野分! ヒロさん!
……。 朝、目が覚めたら目覚まし時計を抱きしめて寝ていた。
死ぬほど馬鹿馬鹿しい夢を見た俺の調子は狂いっぱなしで、 今日も朝から野分の新婚いちゃいちゃごっこに付き合わされることとなった。 行ってきますとドアを開けた俺の顔は完全に真っ赤だ。
それを思うと山さんも罪な人ではある。
END 2008/12/03 |