その日はたまたま俺も野分も日曜日が休みだった。 そして二人とも翌日の月曜日からまた仕事の毎日が始まるわけで、 つまりたまたまお互いそういう気分だったんだと思う。 ※
「悪ィ…、こんな時間まで寝ちまった。」 「いえ、実は俺も今起きたところなんです。」 俺もあいつもあまり寝汚いタイプではないと思うのだが、 (少なくとも野分はきっちり起きるヤツだ。そして俺の寝顔を眺めてる…、らしい。) その日は二人ともリビングに起きてきた時間はもう昼飯の時間だった。 順番に洗面所を使い、二人で昼飯の支度をする。 それから昼飯を食って、後片付けをして、洗濯物をたたんで。
まさに日曜日の午後。 二人で暮らし始めた頃は、 (なんか…家族みてー…。) とかなんとか可愛らしいことを思ったり、 それを野分に悟られて昼間っからあれやこれやに雪崩れ込んだりもしたが、 今日の俺らは完全に休息をとろうモードだった。 (しかし気付くと手を握られているミステリー) 日曜日の午後はあっという間に夕方になってしまう。 ごろりと横になって本を読みながら、野分をこっそりうかがう。 あいつは何も言わないけど、せっかく二人そろって日曜休みだというのに、こんな過ごし方でいいんだろうか。 ことあるごとに「ヒロさんともっと話したい」、「ヒロさんに触りたい」とまとわりついてくる野分は、 今はおとなしく俺のそばで新聞を読んでいる。 明日からはまたすれ違いの毎日が始まるんだぞ。 次に休みが重なるのはいつかわかんねえのに。 心の中で理不尽に野分を責めて、それは自分自身に言うべき言葉だと気付く。 限られた時間の中で、俺は野分とどうしたいんだ? 「明日はまた月曜日、か…。」 駆け足で去る穏やか過ぎる午後は、俺の中に妙なモヤモヤを植え付けるのだった。 ※ 『ヒロさん、ベランダから外見てください。』 俺のモヤモヤをキレイに吹き飛ばしたのは野分からのメールだった。 あいつは一緒に行こうかと言ってる俺に、 「ヒロさんは休んでてください。たいした買い物じゃないですし。」 と言って一人で買い物に出掛けやがったのだ。 寂しさと拗ねが入り混じった気分で野分の帰りを待っていたところへ、あのメール。 何か面白いものでもありましたかね、とベランダに出て下を見ると、 野分がワンボックスカーの横で手を振っていた。 「ヒロさん、ドライブに行きませんか。」 ※ 呆気にとられている俺を尻目に、野分は温かいコーヒーを魔法瓶に入れたりおにぎりを握ったり、 遠足にでも行くような準備を始めた。 「一応あったかい格好していってくださいね、ヒロさん。」 我に返ると、俺はジャケットとマフラーをして野分の運転する車の助手席に座っていたのだった。 どうも買い物に行ったときに駅前のレンタカーで車を借りてきたらしい。 お前はすることが唐突過ぎるんだよ、と怒鳴ろうとしたけれど、 運転している野分の横顔だとか、ハンドルを握る大きな手だとかが目についてしまい、 俺はもごもごと口籠もってしまったのだった。 どらいぶでーと…、という単語が頭に浮かんだ途端、ピンク色の妄想が脳を駆け巡った。 『ヒロさん、そこのガム出してもらえますか?』『ほら、あーん♪』 とか、 『今夜はヒロさんを帰したくない。』『野分、俺も…っ。』 とか…、っていやいやいやいやいや。 第一帰したくないの前に俺ら一緒に住んでるわけだし。 っていやいやいやいや、そういう問題じゃなくてだな。 どうも秋彦の書くミョーなピンク色の本のせいで思考がおかしなほうへいって困る。 俺が助手席で悶々していると、野分が目的地に着きましたと告げた。 そこは街の灯りが遠くに見える港だった。 ※ 車から降りて、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。 満天とはいかないものの、普段見られないような星空にしばらくの間二人で見惚れていた。 「すみません、強引に連れ出したみたいで。」 「何が?」 「ヒロさんは家でゆっくりしてたほうがよかったんじゃないですか?」 「そ、そんなことない…。」 あのまま家でのんびりしていても、休息にはなっただろうがずっとモヤモヤしっぱなしだったと思う。 「き、来てよかったって思ってる、から。」 俺がそう言うと、よかった、と言って野分は手をつないできた。 星も凍りそうな寒空に、野分の体温が心地いい。 「ヒロさんと過ごす日曜日ってすごく贅沢な気分です。」 ああ、俺もこうやって二人で過ごしていることを強く感じたかったのかもしれない。 憚るような人目なんかなかったけれど、一瞬だけキスをして俺らは車の中へと戻った。 (唇を離した瞬間、俺がくしゃみをしたせいもある) 車の中で温かいコーヒーを飲んだり、野分特製弁当を食べたりしながら、子どもの頃の遠足の思い出とか他愛もない話を延々としていた。 手がでかいから野分のつくるおにぎりはでかいとか。 動物園と植物園のどっちが好きだとか。 てるてるぼうずでの正式な遊び方も教えてやった。(怪訝な顔をされた) 遠いネオンを眺めながらそんな時間を過ごしているうちに、デジタル時計は夜に突入する時刻を示していた。 ふと頭をもたげてくる『明日は月曜日』という鎖のような思い。 このまま時間が止まればいいのに、なんて恥ずかしいことを考えてるわけじゃないけど、 ただこの一瞬が惜しくて、野分と過ごす時間が愛おしくて。 「なんか、帰りたくねー気分…。」
俺としてはそうですね、くらいのことを言ってもらえればよかったのだが、
「はい、わかりました。」 返ってきたのはおそろしく前向きな返事だった。 ※
再び車を走らせて、着いたのはどこかの公営グラウンド。の駐車場。 「持ってきた毛布が役に立ちましたね。」 そう言って野分は後部座席から二人分の毛布を渡してきた。 なんだ。どういうことだ。 「朝早く家に帰れば、大学にも病院にも間に合いますよ。」 にっこりとそう言うと、野分は毛布をかぶってシートの背もたれを倒した。 俺は頭を抱えたが、結局同じように毛布にくるまって横になった。 「わあ、ここさっきの場所より星がきれいですよ。」 「うん…。」 そうして少しだけ話をして、二人で手をつないで眠った。 足元がちょっと寒かったけれど、夜の空気のおかげで目をつぶっていても野分の気配をいつもより濃く感じられる。 明日からまた会えない日が続くのかもしれない。 でもこうやって二人で過ごした時間が消えていくわけじゃない。
野分の寝息を確認すると、そっとその髪に唇を寄せて俺も静かに眠りについた。 END
2008/11/25
|