『プレゼントはわ・た・し』を最初に思いついたヤツは本当にすごい。 どうやったらそれをやろうと思えるんだ。 頭の隅で古事記かなんかにそんな話がなかったかどうか考えてみる。 上條弘樹28歳、文学部助教授。 本日の別名・草間野分くんへのプレゼント。 ※
野分が医師の国家試験に合格した。 決して惚気ではないが、野分の学業における優秀さは俺が一番知っていると思う。 それでも試験直前にあいつに風邪を引かせそうになったり、 (結局野分は風邪を引かなかったが、代わりに俺が引いて看病をさせてしまったので慰めにならない) 同居したてだったので色々バタバタしていたので、俺はけっこう気を揉んでいた。 毎日根をつめてカリカリ勉強してる姿を見れば、 合格させてやりたい、喜んだ顔をさせてやりたいと思う。 大学受験ならまだ自分が勉強をみてやれたが、ここまできては見守ることしかできない。 ヒロさんがそばにいてくれるから頑張れます、なんて野分は言っていたが、 何もしてやれないことが俺はもどかしかった。 要する野分が試験に受かって、俺もめちゃくちゃ嬉しいってことだ。 ※
そう、それであいつに合格祝いをやろうと思ったんだ。 「まだ通過地点なので、お祝いとかはいいですよ。」 さらにヒロさんがいてくれることがご褒美です、などとのたまう野分を思わず怒鳴りつけた。 「バカ!祝えるときにちゃんと祝っとくのがケジメっつーもんだろ!俺が言ってんだからおとなしく祝われろ!!」 そのとき野分は(仕方ないなあ、ヒロさんは)くらいの表情をした気がする。 「じゃあ、お祝いにしたいこと、いいですか?」 「よ、よし聞いてやる。」 「俺、ヒロさんのお世話がしたいです。」 「…は?」 思わず間抜けな声が出た。 「ほら、試験が終わるまでバイトの時以外は勉強させてもらって、家のことヒロさんにまかせっきりだったでしょう?」 だから埋め合わせに一日ヒロさんのお世話させてください。 …またすごい要求をされると構えていた俺は呆気にとられた。 「そんなんでいいのか?…つかあとで『あれもらっとけばよかった』って後悔しても知らねーぞ?」 「いえ、そのかわりヒロさんはおとなしくしててくださいね。」 にこりと微笑む野分を見てやや薄ら寒いものを感じたが、俺は承諾してしまったわけだ。 ※ ということで、俺は野分が朝飯の支度やら洗濯やらをしているのを眺めている。 本当にこんなんでいいのか?
「ヒロさん、コーヒーのおかわりいります?」 「今日は洗濯日和だからシーツも洗いましょうか?」 「ヒロさんの部屋も掃除機かけていいですか?」 いつもだったら、ああ、とか、頼む、とか素っ気ない返事をしてしまうところだが、 今日は頭の中でプレゼント、プレゼントと呪文を唱えながら、野分の目を見て丁寧に返事をする。 正直かなり照れる。 だから俺はにこにこ顔の野分から目をそらし、プレゼント、プレゼントとぶつぶつ呟くのだった。 「ヒロさん、夕飯は何が食べたいですか?」 ここで『何でもいい』はNGだ。 だいぶプレゼントをやるコツをつかんできた。 慣れると少し楽しくなってくる。 習いごとがレベルアップするとやめられなくなる、あの感覚だ。 「うーん…。鰤大根が食いたい。」 冷蔵庫にあるものを考えながらリクエストする。 「それだと買い物に行かなくちゃいけませんね。」 もちろん、買い物が必要なメニューをわざと言ったわけだから。 そこで野分はこう言うのだ。 「いっしょに買い物行きませんか?」 ※ 二人でスーパーに行って、あれこれ必要なものを買って、買い物袋を下げて二人で帰る。 そっと野分の横顔をうかがい見ると、こっちが赤面するくらいのいい笑顔をしていて。 お、俺のおかげ…、でいいんだろうか…?
ヒロさんは座っててください、と言うので俺はキッチンで本を読みながら野分が料理するのを見ている。 「ヒロさん、味見お願いします。」 ナチュラルにあーん、と言われ思わず口を開けてしまったところにほうれん草を放り込まれた。 つい亭主関白プレイなどという言葉が頭をよぎる。 もしかして俺は朝から壮大なプレイをさせられているんじゃないだろうか。 おそろしいことを考える奴め、と睨もうとしたが、 美味そうなにおいに腹が鳴ってしまったので、俺も支度を手伝うことにした。 平常運転の食卓にワインを一本だけ添えて、ささやかな祝宴。 なんだか急にこの生活が愛おしくなって、飯を食ってる最中だというのに鼻の奥がツンとした。 ※ お風呂で洗ってあげますという野分の申し出を丁重に(やや乱暴に)断って、交替で風呂に入る。 髪を拭きながら洗面所から出てくると、ドライヤーを構えた野分が待っていたのであきらめて野分の足元に座った。 髪を乾かしてもらうとか恥ずかしくて死にそうだが、それもこれもプレゼントだ。 野分の長い指が髪を梳くのが予想以上に心地よく、 油断していたら耳の裏を掻かれるようにされて思わず背筋を震わせてしまった。 途端にドライヤーの音が鳴り止み、後ろからガバっと抱きつかれ圧し掛かられ、思わず前のめりになった。 「すみません…、でも…ヒロさんかわいいです…。」 いけない。 こうやって会話に三点リーダが増えてきた野分は止められない。 野分の熱い吐息に負けそうになる自分を叱咤して言葉を振り絞った。 「あ、えーと、野分…、…おめでとう…。」 これだけは言っておかなくてはいけない。 俺がまだプレゼントのうちに。 「そんな…、まだまだ、です。」 肩に置かれた野分の頭が振られるのがわかった。 「バカ…、ちゃんと祝われろっつったろ。」 ぎゅうと野分の腕に力が入る。 「はい、素敵なプレゼントありがとうございました…!」 ここがお前のスタート地点だってことは俺も知ってる。 でも一つずつ目標をクリアしていくお前を隣で見ていられることが俺は嬉しいから。
唇の裏をぴったり合わせるようなキスをされていたけれど、 舌と唇をわずかに動かせて、お、め、で、と、う、と言ってみる。 するとどう考えてもあ、り、が、と、う、ではない舌の動きで絡みつかれたが、一応伝わったと思うことにした。
上條弘樹、本日のプレゼント業務は翌朝まで超過することとなった。
END
2008/11/07 |