「七つの袋」

 

 

セントアイブスへ行く途中、出会った男は七つの袋を担いでいた。
七つの袋にはそれぞれ七匹の猫が入っていて、
猫にはそれぞれ七匹の子猫がいる。

さて、セントアイブスへ行くのは一体どれだけでしょう。


答えは、ひとり。

目覚まし時計の鳴る音と、隣で寝ていた男がごそごそ起き出す音。
「ヒロさん、時間ですよ。」
そいつはさっさと上半身を起こせばいいものの、いつまでも添い寝の姿勢を続けている。
だから俺は目が覚めていないふりをして、うずくまるようにその胸元へ顔を近付けた。
額がパジャマのボタンに触れる。

うん、野分の匂い。

くすくすという微かな笑い声とともに落とされた口付けで、
ようやく目が覚めていないふりを終わりにする。

「おはようございます。」
小学生の頃の俺よ、聞いて驚くな。
俺はいまこんなお姫さまみたいな状態だ。

久しぶりの休日でのんびりしている野分を見ると、俺のほうがほっとしてしまう。
それくらいこいつは凄まじく忙しい。
安い給料で朝から晩から朝から朝まで病院を駆け回っている。
いや、勉強もさせてもらえてお給料までもらえるなんてありがたい、
くらいに思ってるかもしれない。
おそろしいことだ。

野分はこうして何でもかんでもポイポイ肩の上に抱え上げようとする。
さらにおそろしいことに、それは俺のため、であるらしい。
俺は必死でこいつの荷物にならないように踏張っているのに、
俺まで抱え上げようとすんな、バカ。

リビングのテレビではなんとかホームという会社のCMが流れている。
幸せな家に笑顔の家族とかなんとかかんとか。
「俺ね、子供の頃はどうして大人はあんなに苦労して家を建てたがるのかなって思ってました。」
「今はわかるのか。」
「はい。自分が建てた家に大事な人が住んでくれるってすごく嬉しいと思うんです。」
「…ふーん。」

気のない返事をしてコーヒーをすすりながら、思わず想像してしまった。
小さいけれど、ちゃんと書斎のある家。
書斎は俺の蔵書であふれてて、家中の押し入れも本であふれてて、
本に場所をとりたいから寝室は一部屋でいいかもしれない。
…ってバカか、俺は。

「ま、体壊さん程度にでけー夢見るのはいいことかもな。」
「ありがとうございます。やっぱりヒロさんは優しいです。」
さっき想像したことを見透かされたようで腹が立ったので、
野分の頭に初物のミカンをぶつけてやった。


セントアイブスへ行く途中俺が出会った男は、
七匹の子猫のいる七匹の猫の入った七つの袋を抱えながら、
あなたといっしょに行きたいです、と行き先を変えてしまった。
しかもさらに荷物を増やす気らしい。

俺はその隣で口をとがらせながら、内心いそいそと道を歩いている。

 

 


END

 

 

 

 

 

 

 

2008/10/05