基本的に俺が吉野の家を訪ねるのは仕事のためだが、吉野が俺の家へ来るのはあまり仕事とは関係のない用事がほとんどだ。
用事といっても、俺のベッドで寝たいからとか俺の飯が食いたいからとか、その程度の理由だが。
今日は休日なのだが、朝から吉野から電話がかかってきた。
腹減ったからご飯食べに行ってもいい?、とのことだ。
吉野のことなのでデートのお誘いなどとは期待するべくもないが、それでもいそいそと冷蔵庫の中身を確認してしまう自分の性分が悲しい。
受話器を片手に冷蔵庫を見回すが、あいにくめぼしい食材はほとんど使いきっていた。
冷蔵庫が空であることを吉野に告げると、電話の向こうで吉野はうーんと考え込む。
そして、
「わかった。じゃあ、いっしょに買い物行こうぜ!」
……というわけで、吉野と近所のスーパーで待ち合わせをすることになった。
吉野は何故か俺の買い物に付き合いたがる。
俺がさっさと買い物を済ませて帰ってくるのを部屋で待っていればいいと思うのだが、吉野はそうは思わないらしい。
お菓子だのアイスだの余計なものを買い物カゴに放り込むのが楽しいのかもしれないが、こちらとしてはますます子守気分になってくる。
いっしょにスーパーというのは同棲カップルらしいシチュエーションにも思えるが、それ以上に母親役が抜け切らない俺の性格にため息が出る。
もう少し甘い雰囲気が出せないものか、と無益なことを考えていると、そんなことなどお構いなしの吉野が呑気な顔でスーパーの前に立っていた。
「何食いたい?」
「どうしようかな〜」
生鮮品の前を歩きながら吉野に尋ねる。
しばらくうろうろしていた吉野だったが、何かをひらめいたらしく、俺の方を振り返った。
「そうだ、炊き込みご飯作って!たくさん作って、余ったらおにぎりにして家に持って帰りたい」
「……わかった」
ちゃっかりと持ち帰り分までリクエストする吉野の意見を汲んで、具材にするための春野菜を見繕うべく俺たちは歩き出した。
「今日の夜はどうする?」
「泊まってこっかな〜。そしたら酒買って、何かおつまみになりそうなものも作って!」
やれやれ、と思いながらも、素直に吉野が喜んでくれることが嬉しい。
一度好きな食べ物を聞いたところ、『トリの作ったご飯なら何でも』という答えが返ってきたのには密かに感激した。
俺が吉野に飯を作るのにはいくつか理由がある。
まず、吉野がだらしないこと。
その上すぐ体調を崩すし痩せるので、放っておけずにせっせと飯を作って食べさせていた。
それから、俺が側にいることを吉野に望んでもらえるように。
片思いをしていた頃、吉野の側にずっといるためにはどうすればいいだろうと考えていた。
吉野はいつまでも子供のようなところがあるので、胃袋を掴んでしまえば俺を側に置きたくなるかもしれないと考えた。
必死過ぎて情けないと思われるかもしれないけれど、吉野の側にいるためなら何でもできると思っていた。
それから最後に、単純に吉野の嬉しそうな顔が見たいから。
確かに俺は吉野の心が離れないように必死だった。
だけど吉野は心から嬉しそうな顔をして、おいしい、と言ってくれる。
それがいつしか俺の喜びになっていた。
感情に裏表のない吉野だから、本当にそう思ってくれているのだろう。
飯を作ってくれる便利な相手、ではなく、大好きなご飯を作ってくれる大切な相手。
吉野にとってそういう存在になれたことは、片思いに折れてしまいそうだった心を癒してくれた。
吉野がおいしそうな顔をして俺の料理を頬張っているところを想像して表情を緩めていると、吉野が怪訝な顔でこちらを見ていた。
「なんだよ、ニヤニヤして」
「いや、それだけしっかり食ってもらえたら作り甲斐があると思ってな」
「だって俺、トリのご飯大好きだもん」
どのあたりに自慢できるポイントがあるのかわからなかったが、得意気に吉野は言う。
「他の人がトリのご飯食べてもおいしいって言うと思うけどさ、絶対俺が世界で一番トリのご飯おいしいって思ってる」
自信満々で答える吉野を見て、ああ、この顔だ、と思った。
単純で迷いのない顔。
迷ってばかりの俺の手を引っ張ってくれるのは吉野以外いないのだ。
ありがとう、と言うと、少し照れたような顔で、どういたしまして、と言われた。
そして、食べさせてもらってる方がお礼を言われるなんておかしい、と笑われた。
スーパーでの買い物を済ませ、交代で荷物を持ちながら俺の部屋まで帰る。
途中、空腹に耐えきれなかった吉野の腹が盛大に鳴った。
甘い雰囲気はゼロかもしれないけど、俺はこれを幸せだと感じるのだから仕方ない、と思った。
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