吉野の言い出すことは、いつも突拍子がない。
今日だって吉野の家に行って飯を作り、二人で夕食を食べていると、吉野にいきなりこう言われた。
「俺、今日からお前に本気になるから」
突拍子がなさ過ぎて、嬉しいとかなんとかを全て通り越してしまう。
「だから覚悟しろよ!!」
「………わかった」
よくわからないまま頷いた俺を見て、吉野は満足そうな顔をした。
具体的に何をされるのかわからなかったけれど、まあ本気になってくれることは良いことだ、と自分を納得されることにした。
これまでは本気じゃなかったのか、という疑問は脇に置いておくことにして。
それでは発表します、と向かい合ったテーブルに吉野はルーズリーフを広げた。
漫画のプロットがぐちゃぐちゃと書いてある横に、何か箇条書きのようなものが見える。
これが吉野の言う本気になるを具体的に示すもののようだ。
『トリが浮気しないための十ヶ条』
それが箇条書きされたもののタイトルのようだ。
「……お前は俺が浮気するような人間だと……」
「思ってないけど!!けど……」
「けど?」
「お前モテんじゃん」
箇条書きの題名にいらっとした俺が問いただすと、吉野は赤い顔してむくれた。
曰く、俺が浮気をするんじゃないかと悶々するのは嫌だから、それならばあらかじめ可能性をつぶしておこうと思ったのだそうだ。
何がどうなってそういう思考回路になったのかはわからないが、とりあえずやきもちをやいてくれることは悪い気はしない。
最初は俺が強引に気持ちを押し付けたような形で付き合い始めたけれど、最近ではこうやって吉野の方も自分のことを思ってくれるような態度を見せてくれるのがたまらない。
はっきり言ってルーズリーフの中身はどうでもよく、すぐにも吉野を抱き締めたい気持ちを押さえて吉野の解説を待った。
「一、笑顔をむやみにふりまかない」
吉野に対してはいつも無表情なくせに、女性作家相手にはにこにこしててムカつく、ということらしい。
仕事なのだから愛想よくするのは当たり前だと思うのだが、笑ってるとかっこいいから困ると言われた。
何だかすごいことを言われた気がする。
あと笑っていなくてもたぶん大丈夫だから、とも言われた。
何が大丈夫なのかよくわからないが、吉野には気になる点らしい。
「二、びみょうに付き合ってることを匂わせる」
微妙に、とはどの程度か尋ねると、吉野も首をかしげた。
相手を特定できない程度に、フリーでないことをアピールしてほしいそうだ。
俺としてはもう吉野と付き合っていることを一定の人間には知らせてもいいような気がしてきたが、さすがにそれは嫌らしい。
指輪でもはめてみるかと提案すると、それだと俺も指輪したくなるからダメだと言われた。
とりあえずいつかの記念日にはペアの指輪買ってプレゼントすることを決意した。
あと微妙くらい漢字で書けと言うと、突っ込むところが違うと怒られた。
「三、千夏にメアドは教えない」
これはまた具体的な条件だと感心していると、これに関しては説明なし!と切り上げられた。
俺と千夏ちゃんがどうこうなる可能性はすごく低いと思うのだが、とにかく吉野は気になるようだ。
たぶん千夏もトリのこと好きなんだと思う、と苦しそうにつぶやかれた。
俺としては単に身近にいる異性だから、というようなことだと思うのだが、千夏「も」、の部分が嬉しかったので黙って聞いてた。
このように次々と吉野による提案が読み上げられ、俺は満腹というか色々我慢できないような状態にさせられた。
普段吉野が俺とのことをどう思っているのか聞けない分、吉野なりに色々考えているということだけで幸福感に襲われた。
最後の項目を読み上げる時、少しだけ吉野はためらった。
「えーと……、十、俺がちゃんとトリの恋人になる」
「………」
「何か言えって」
「……恋人、じゃないのか」
最後の項目の意外さに驚いていると、言い訳を咎められる子供のようにぼそぼそと反論した。
「最後のは、俺も頑張るからっていう俺の目標」
頬を赤くしてそう告げる吉野を見て、こんなにかわいい恋人がいるのに他の人間など目に入るものか、と苦笑を禁じ得なかった。
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