「浴衣デート」

 

「トリ、浴衣……着てくれない?」
吉野にお願いしますと両手を合わせられて、断れるはずがなかった。

なんでも浴衣を着た成人男性のスケッチをしたいということらしい。
今連載に登場している人物が俺と同じような背格好なのでちょうどいいのだそうだ。
浴衣は俺が用意するからという吉野に、逆に尋ねる。
「着付けは?」
「男物の浴衣は簡単って聞いた」
他人事だと思って簡単に言ってくれる。
不安を拭いきれない俺がブツブツ言っている横で、吉野はもう次の予定に目を輝かせていた。
「あ、そういえば今度花火大会あるって言ってたな。それじゃあ俺も浴衣着ちゃおっかな〜?」
すでに吉野の頭の中では俺が着付けをして二人で花火大会に出かけることになっているらしい。
花火大会の日の予定もあけておくように言い渡されて、もはや目的を見失った吉野はうきうきとカレンダーに予定を書き入れていた。

 

 

「お、けっこういい感じじゃん!」
ネットで着付けの仕方を調べながら格闘した結果、それなりに着ることができた。
やはり温泉宿などにある浴衣とはまったく違うけれど、女性のように帯を綺麗に結んだりしなくていい分マシだった。
少し合わせの部分がもたついているような気もしたが、人混みに紛れてしまえば誰も気にしないだろう。
「スケッチするのはいいが、こんな素人着付けのでいいのか?」
「あー、うん。だいたい布の流れとかがわかればいいから」
そうして吉野に言われるまま立ったりしゃがんだり歩いたりしているうちに、夕方になった。

 

「よっし、じゃあ俺も着るかなーっと」
吉野はよろしくと当然にように浴衣を俺に差し出した。
ここまで悪びれずに頼まれると、文句を言う気もなくなってくる。
「わかったから全部脱げ」
「え?」
「脱がなきゃ着せられないだろうが」
「ああー、そう…だよね。そうだそうだ…あははは…」
当たり前のことを今気づいたかのように、吉野はわざとらしい笑い声を上げた。
そして気まずさを悟られないようにしてそろそろと服を脱ぎ始めた。
「あ、あのさ…自分でまず羽織るから…」
「いいから全部脱いでそこに立ってろ」
「………はい」
自分で着る場合は仕方ないが、浴衣の中心を合わせるには手を広げて立っていてもらった方が楽だ。
そう説明してやると、多少もじもちしていたものの、おとなしくパンツ一枚になった。

「なんかやっぱ恥ずかしいかも」
「俺に全部丸投げするからこうなるんだ」
特にそういう状況ではないのに面と向かって素肌を晒しているのがやはり恥ずかしいらしい。
俺としては役得と思わざるを得ないが、あまりこうやって照れられるとつい変な気分になってしまいそうで困る。
胸元で襟を合わせようとすると、バッと吉野が慌てて身を引いた。
「吉野?」
「ちょ、ちょっと待った!!」
そう叫んで後ろを向いて、なにやら自分の胸元を確かめている。
そしてなにやら耳まで赤くしている。
「早くしないと花火大会始まるぞ」
「あ、あと自分でやるから……」

バカなことを言ってないでこっちを向け!と肩をつかんで振り向かせると、
「み、見るなって……」
吉野の胸から首元にかけて、うっすらと鬱血のあとが広がっていた。
(ああ、これか)
だいぶ薄くなっているので本人たちくらいしかわからないだろう。
吉野はこれに気付いて赤くなっていたようだ。
「別に付けた本人に見られてもかまわないだろ」
「そっ…そーいう問題じゃねーーーー!!」

 

仕方ないので暴れだしそうになる吉野を抑えて襟元をぐいと広げ、乳首の上のあたりに思い切り吸い付いてやった。
「ぎゃーーー何をする!!!」
色気のかけらもない声だったのがやや不満だが、きれいに一つキスマークが追加された。
「ちゃんと隠れるように着せてやるから、俺が脱がせるまで誰にも見られないようにしろよ?」
「……バカかお前は…っ」

それ以上の接触は帰ってからのお楽しみにとっておくことにしよう。

 

縁日で色々買ってやるという約束で吉野の機嫌をとりながら、着慣れない浴衣姿で二人で家を出た。

 

 

 

END