とりあえず現在の生活面で吉野に一つだけ守らせたいことがあるとすれば、「体調を崩すな」ということだ。 飯も作ってやるし、掃除も洗濯もできる限りしてやる。 俺も忙しいけれど、吉野の喜ぶ顔が見たくてやっているのだから、それはもう気にしなくてもいい。 だから、体調だけは自分で気を配れ。 風邪を引くな。 腹を壊すな。 仕事に影響が出るのも困るし、何より俺が心配でたまらない。 しかしちょっとした鼻風邪をひいたくらいで仕事を休むわけにもいかないので、イライラと仕事を片付けるはめになる。 身体が弱いわけではないのだろうが、普段運動もせずに引きこもっているせいで免疫力が弱っているのかもしれない。 だからこそ、自分で気をつけられる範囲は気を付けてほしいのだと日頃から言い聞かせているのだが、 「あ、トリおつかれー。買出し頼んでごめん」 「……あれだけ気を付けろと言っただろ」 学習しない吉野はまたもや床で寝こけて風邪を引いたのだそうだ。 とりあえず頼まれたものを冷蔵庫につめて、スポーツドリンクだけを持って吉野の寝室に戻った。 「ごめん、トリ。迷惑かけて」 微熱のせいで弱っているのか、珍しく殊勝なことを言われた。 午前中から熱っぽく、半日丸々寝ていたという。 額に手を当ててみれば、確かに熱い。 俺の手からスポーツドリンクを受け取って二口ほど飲むと、またごそごそと布団に戻っていった。 「あーあ、俺ほんとトリがいないとダメ過ぎるよなー…」 体調が悪いときは心も弱くなるということもあって、ベッドで横になりながら吉野なりに色々考えていたのだろう。 健康なときにこれくらい反省してくれたら嬉しいが、つらそうな吉野の表情を見ていると怒るに怒れない。 「体調はだいぶよくなってきた気がするんだけど、頭がボーっとしてるせいか余計なこと考えちゃうんだよねー。このままじゃトリに見捨てられるんじゃないかとか」 そう言って弱々しい笑顔を見せられると、つい頭を撫でてしまう。 ここで寝ている間、ずっと俺のことを考えていたのかと思うと愛おしさがこみ上げてくる。 「待ってろ。今お粥作ってきてやるから」 「……ありがと」 俺の作ったお粥をおいしいといって平らげた吉野は、もう少し眠るといって目を閉じた。 トリは明日も仕事だろうから帰っていいよ、と言われたけれど、さすがに病人をこのままにしては帰れない。 帰ったところで気になってしょうがないだろう。 シャワーを浴びたあと吉野の部屋に置きっぱなしになっている部屋着に着替えて寝室へ向かうと、吉野は寝息を立てて眠っていた。 明かりをつけっぱなしで寝ているせいで、寝顔がよく見える。 俺が戻ってくるのを待っているかのように、広いベッドの端っこで丸まるようにして眠っているのを見ると、いじらしくなってくる。 「ごめん、トリ」 すぐにそれが寝言だと気付いたけれど、吉野の目元を見て俺は息が止まった。 ごめん、と呟く吉野の目頭に涙がたまっている。 「もう風邪引かないし、お腹も壊さない。だから……」
だから、俺の側から離れないで。 吉野の目から一滴涙の粒がこぼれ、シーツへと吸い込まれていった。 「……千秋」 唇に触れるだけのキスをすると、眠り姫のようなタイミングで吉野が目を開けた。 吉野の頭が完全に覚醒してしまう前にとキスを繰り返す。 「ん………」 「絶対に俺はお前から離れたりしない。どんな時も」 「……トリ……?」 自分の寝言など覚えていないようで怪訝そうな顔をするものの、吉野はおとなしくされるがままになっていた。 微熱のせいでいつもよりも吉野の体温は高く、まるで吉野も欲情しているかのような錯覚に陥る。 吉野の抵抗がないのをいいことに、布団の中に手を差し入れて、パジャマの上から身体を探った。 「あ…ちょっと……ッ」 ようやく俺の手の不埒な動きに気付き、ゆるく制止された。 だけど手のひらからは錯覚ではない吉野の情欲が伝わってくる。
「す、するのはちょっとムリ…かも…」 「触るだけ」 有無を言わせない口調でそう言うと、少し考えたあと吉野は小さくうなずいた。 「あれ?なんでトリが隣で寝てんの??」
朝目を覚ますと、開口一番吉野にそう言われた。 「覚えてない?」 「うーん、お粥食べたくらいまでは覚えてるけど…。あのあと帰っちゃったかと思ってた」 昨日半日以上寝ていたせいか、俺が起きるのに合わせて吉野も起き出してきた。 そして着替えながら自分の身体を眺め、昨晩俺と何をしたか一生懸命思い出そうとしていたので思わず吹き出した。 「昨日言ったこと忘れるなよ」 「えっ、俺またなんか変な約束したの?」 「『また』『変な』とはどういう意味だ」 「いや、だって……」 もごもごと口ごもる吉野の頭をぽんぽんとたたいて教えてやる。 「『もう風邪引かないから俺から離れないで』って」 「はあああああーーー!?それ俺が言ったのーーー!!?」 喉もしっかり治ったようで、吉野は元気よくわめく。 顔が赤いのも、たぶん熱のせいではないだろう。 それでも一応反省したのを思い出したのか、今後は気をつけますと素直に謝られた。 元気なお前を見ているのが一番だからな、と言うと、照れ隠しにはたかれた。 END
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