先日連載を終えた作品のコミックス最終巻が出来上がったので、早速吉野のところへ持って行った。 吉野の担当になってから単行本は何冊か出しているが、やはりこうやって形になったものを手に取るのは何冊目だろうと嬉しい。 それは吉野も同じのようで、満面の笑み、しかしおそるおそるといった感じで装丁を確かめながらページを開いている。 「何ビクビクしてるんだ。チェックは何度も入れただろ」 「いやー、コミックスになってから『なんでこんなミスを!』みたいなことたまにあるじゃん」 そう言いながらも嬉しそうにページを繰る吉野を見ていると、ギリギリまで粘る吉野の要望を聞き入れてよかったと思う。 雑誌連載と平行したコミックス作業は大変なことも多いが、出来上がった時の感慨も深い。 ふと漫画から視線を上げて、吉野が俺を見ながらくすくす笑った。 「この頃色々あったよな」 そう言って、読んでいるページを俺に見せてきた。 「この話描いてた時だよな、丸川の会議室で修羅場やってぶっ倒れたの」 「ああ…、そういえば」 「そんで、こっちのネームやってた時は俺の誕生日だった」 「そうだったな」 自分の描いた話を読みながら、吉野なりに思うところがあるらしい。 確かにこの作品の連載後半くらいから俺たちは付き合い始めたので、余計に色々思い出すのだろう。 プロットから入稿までほぼ四六時中原稿のことを考えていると、思い出がその時の作業と抱き合わさって記憶されるようだ。 「俺さ、自分の描いたもの読むと、トリとのこと全部思い出せるよ」
ぼすんとソファーにもたれ掛かりながら吉野が言った。 「喧嘩したところとか、誉められたとか、つまんないことまで全部」 「吉野……」 照れたような表情を見せる吉野への愛しさに耐えきれずに抱き寄せると、文句を言いつつもおとなしく腕の中に収まっている。 俺がいつも側にいることを、吉野は当たり前過ぎることだと言っていた。 だけどどうしてこんなにも俺と過ごす日常のことを大切にしてくれている。 しかも、それをこんな形で実感させてくれるとは。 吉野と物を作り上げる喜びがあるから俺はこの仕事をやめられない。 「吉野」 「……なに」 「お前が昔俺に、編集者に向いてるって言ってくれたこと覚えてるか?」 「うーん、言った……かも?」 覚えていなくても構わない。 吉野がそう言ってくれたおかげで今ここにいることが重要なのだから。 吉野の唇が、ごめん忘れたと言う前に、ありがとうのキスでそれを塞いだ。
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