気付かれてはいけない。 心臓の真ん中に穴を開けられたような衝撃を受けたことを、気付かれてはいけない。 これは、当たり前の結末なのだ。 そう自分に言い聞かせて、耐え抜いた。 「なんか、彼女できたっぽいかも」 そう言ってえへへと笑う吉野はいつも通りに可愛くて、胸が押し潰されるかと思った。 「よかったな」 できるだけ、自然な笑顔で。 友人に彼女ができたことを心から喜んでいるような表情で。 大丈夫、俺はできる。 この日がくることを昔から覚悟していたじゃないか。 「トリに一番に言いたかったんだよねー」 吉野はそう言うと、彼女が待っているからといって駆け出してしまった。 あとに残された俺はどんなひどい顔をしていることだろう。 嫉妬で醜くゆがんでいるか。 それとも絶望にうちのめされているか。 (自分の勝手さにヘドが出そうだ) 自分にも彼女がいるくせに、何を感傷にひたっているのだろう。 吉野は彼女がいる俺が気を遣わないようにしたくて、頑張って彼女を作ると張り切っていたのだ。 そう、俺のために。 (ある意味、俺のためにはなっているな) 男同士でどうにかなるなど、そんな幻想など思い切り打ち砕いてやればいいのだ。 そうすれば吉野の一番の友人でいられる。 だから千秋に彼女ができたことは、本当は喜ぶべきなのだ。 この思いに気付かれなければ、俺は吉野の側にいられるのだから。 友人として俺が望める最上級の望みは、「ずっと側にいる」ということで、それ以上のことは望んではいけない。 (なのに、こんなにもつらい) 吉野が俺以外の人間と特別な時間を共有していると思うだけで、まるで死の病のように胸が痛んだ。 誰かのことを想っても、その分想い返してもらえるとは限らない。 最初から報われないことなどわかっていらのに、吉野のことを考えるのを止められなかった。 昔はあいつに彼女ができれば少しはマシになるかと思っていたけれど、どんどんひどくなるばかりだ。 帰り道、一人で帰ればどうしてここに吉野がいないのだろうと思う。 彼女といっしょに帰っても、どうして彼女は吉野ではないのだろうと思う。 会う時間も減った。会話も減った。 だけど吉野は無邪気な顔で俺に彼女とのことを相談してくる。 俺のアドバイスをふんふんと聞きながら、俺は叫びだしたくなるのを堪えた。 お前はそんなに素直に俺の言うことを聞いていいのか? 俺はこんなにも汚い欲望をお前に対して抱いているんだぞ!? 吉野の屈託のない信頼が、俺の身を責めるようだった。 夢の中でどんなに淫らに喘がせても、現実の吉野は俺のことを一番に信頼してくれる友人だった。 この地獄から逃れるすべはあるのだろうか。 俺が吉野のことをあきらめるなんてできそうもない以上、逃げ道はどこにもないように感じた。 無理矢理思いを遂げてしまおうか。 それとも二度と会えない場所に行ってしまおうか。 だけど臆病な俺はどちらも選ぶことができず、吉野のいる日常を捨てることができなかった。
もはや、思いが叶わなくても構わない。 ただお前のことが好きなのだとあいつに告げたい。 それさえできればあとはどうなってもいい。 それすらも叶わない吉野との穏やかな日常は、甘く俺を苛んだ。
END
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