テーブルの上にスナック菓子を山盛りにして、吉野はソファーにふんぞり返った。 夏だからホラー大会をするので付き合えと言われた俺も、おとなしくその隣に座る。 こんなに菓子ばっかりだと喉が渇かないかと聞くと、トイレに行きたくなるからいいのだそうだ。 子供かと突っ込みたかったけれど、俺としてもさすがに恋人のトイレにまで付き添う羽目になるのは遠慮したいので、何も言わずに自分の分だけビールを用意した。 怖い映画でキャーキャーするような年でもないだろうと思うのだが、一人でその手のものを見ると急に人気のない部屋が怖くなると吉野は言った。 確かに吉野の部屋は仕事場を兼ねているので一般的な一人暮らしよりも広めな住まいになっている。 それに普段は俺だの柳瀬だのアシスタントだのが頻繁に出入りしているから、余計に人気がないことを意識してしまうのかもしれない。 何より、怖いテレビを見た後はあのキングサイズのベッドで眠れなくなるのだそうな。 さもありなんと俺はあの無駄にでかいベッドを思い浮かべてため息をついた。 DVDを再生し、導入部分が始まった時点ですでに吉野は表情を強張らせている。 「手でも繋ぐか?」 うんという返事を微かに期待してそう尋ねると、吉野は首を横に振った。 「あとからでいい」 「………」 こういう無意識な部分は、本当にたちが悪い。 目は画面に向けつつもボリボリとスナック菓子を食べ散らかす吉野を見て、左隣に座っていてよかったと思った。
いくら吉野の手でも油まみれのベトベトな手を握るのは御免だ。 「これはヤバイ。当たりだった」
次々と油断を許さないシーンの連続に、いちいち大袈裟に驚いては吉野が呟く。 自分もホラーが得意かと聞かれればそうでもないと思うのだが、吉野の反応を見ている方が多くてなんとなく映画そのものには集中できないでいた。 というかむしろムラムラしてきた。 最初は普通の間隔で座っていたはずなのに、気づくと吉野はぴったりと俺に身体をくっつけてきている。 あとからと言われて期待していた吉野の手こそ繋がれていないけれど、俺の右腕に吉野の両腕が巻きついている。 いわゆるお化け屋敷のカップル状態だ。 おかげで俺のシャツはスナック菓子のカスがつきまくっているが、もはやそんなことどうでもいい。 俺の頭にあるのは、このまま押し倒すか映画が終わるまで我慢するかの二択だった。 しかしここまで一生懸命映画を見てるのを邪魔するのもかわいそうな気もする。 盛り上がる場面で思わずぎゅっと目をつぶる吉野はやけに可愛く見える。 こいつが映画に夢中になっているのをいいことに、背中を撫でたり髪にキスしてみたり、いたずらをするのも楽しかった。 俺の動作など気づかない吉野は、そのまま俺にくっつきっぱなしだ。 結局今日のところは理性がギリギリ踏ん張って、吉野は無事映画を見終わることができた。 もちろん俺がそんな葛藤をしていたことなど知る由もないだろうが。 部屋の明かりをつけようとしたところで吉野は俺に抱きついていることにやっと気づき、顔を真っ赤にして飛びのいた。 ごめん無意識だったと謝る吉野を押し倒し、いくらでも抱きついてかまわないと耳元で囁く。 ホラーを見た後のおかしな緊張感なのか、吉野は存外素直にキスを返してきた。 「なーなー、俺のベッドってさっきの映画に出てきたのと似てない?」 二人でベッドに寝転んでいると、吉野がそんなことを言い出した。 あのあと、このまま泊まっていいかと尋ねると最初からそのつもりだと威張られた。 曰く、一人で眠れなくなるのを見越して俺を呼んだということだ。 二人で寝るの意味は俺の欲情で意味が変わってしまったけれど、吉野にしたらどっちでもいいことらしい。 実際に吉野のベッドに寝転ぶと、吉野の言わんとすることがわかった気がした。 あまり映画に集中していなかったので記憶は不鮮明だが、外国が舞台だったので確かにあんな感じのベッドが出てきたような覚えもある。 「ほら、ヒロインが寝てて目を覚ますと、目の前にガバー!!ってくるところ!!あれやばくね!!?」 天蓋こそついていないが、確かに吉野のベッドはホラーに出てくる洋館などにあってもおかしくないような気もする。 だから一人で見なくてよかったーと吉野は言った。 無駄に広いベッドの真ん中で、吉野と身体を寄せ合う。 電気は消すなよと言い渡されているので、明るい中二人で寝ているのは妙な感覚がした。 「トリ全然怖がってなかったけど、あーいうの平気だったりする?」 「まあ怖いというほどじゃないかもな」 お前の方ばっかり見ていたから、あんまりちゃんと見ていなかったのだと正直に言うと怒られそうな気がしたので、布団ごと抱き寄せてうやむやにした。
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